ブラッドムーン「夜に落ちる」

結果フェイズ

結果フェイズ:九鹿 愛佳

九鹿 愛佳 : 炎がゆれる。
九鹿 愛佳 : 熱が蝋を融かして、香木を焼く。
九鹿 愛佳 : それでも守りたくて、今一時でも守れた世界が、そこにある。
九鹿 愛佳 : たとえそこに、自分がいなかったとしても。
九鹿 愛佳 : ほんの短い間であっても、そこでは、吸血鬼による被害は起きない。
九鹿 愛佳 : この街で被害を引き起こしていた吸血鬼は、あの夜、死んだから。
九鹿 愛佳 : 最初の夜。家族を殺され、自分も殺される恐怖に呑まれながら、鋏を突きつけた夜。
九鹿 愛佳 : 五月の夜。杭を手にとって、初めて吸血鬼を殺した夜。
九鹿 愛佳 : 七月の夜。身に炎を灯しながら、戦った夜。
九鹿 愛佳 : 駆け抜けた夜に、後悔や迷いがなかったといえば、嘘になる。それでも、
九鹿 愛佳 : 宿した炎を、継いでくれる人がいて、
九鹿 愛佳 : 吸血鬼を、討ち果たすことにつながったのなら、
九鹿 愛佳 : すくなくとも、自分のしたことは間違いではなかったと、
九鹿 愛佳 : そう思えるだろう。
九鹿 愛佳 : あの夜、イズミに突きつけられた選択と、その答えを知ることは、もうない。
九鹿 愛佳 : それでももし、その答えを知ることがあったなら。
九鹿 愛佳 : 少し申し訳無さそうにして、困り笑顔で、きっとこういっただろう。
九鹿 愛佳
九鹿 愛佳 : ありがとう、と。

結果フェイズ:多宝院 那由


多宝院 那由 : 犬吠埼の怪我。横転したトラック。それに巻き込まれる通行人。豊四季家の扉の向こう。
多宝院 那由 : 血を得るために殺された人々。
多宝院 那由 : 九鹿愛佳。
多宝院 那由 : 『目標』は果たされない。
多宝院 那由 : 誰もがわかっていたのだろう。だから誰も化物たちを許すことはなかった。それ自体には悪気はなくとも。偶然の被害者であっても。
多宝院 那由 : わかっていなかったのは、きっと僕だけだ。

多宝院 那由 : 目の前で被害者が増えるたびに苦しかった。
多宝院 那由 : 全然思い通りにならなくて、辛くて。
多宝院 那由 : ひとりの力じゃ、どうしようもなくて。
多宝院 那由 : この苦しさを感じなくなりたい、と思ってしまうことが、怖かった。
多宝院 那由 : いつか自分でも気付かずに、そうなってしまうのだろうということも。

多宝院 那由 : それでも、僕は。
多宝院 那由 : このつないだ手が。このひとのことが。好きだった。
多宝院 那由 : はじめから、それだけだ。
多宝院 那由 : それがどうしようもなく正しくないことだとしても。自分がどれほど傷付こうとも。どれだけ大変なことでも、恐ろしいことでも。
多宝院 那由 : トウカの幸せが明日も続けばいいなって、それだけを思っていた。
多宝院 那由 : だから、選択したことに、後悔はないって。
多宝院 那由 : 六実が聞いたら笑うだろうか。

多宝院 那由 : でもね、さいご、トウカの幸せそうな顔を見て。
多宝院 那由 : これでいいかな、って、思ってしまって。
多宝院 那由 : おかしいよね、あれだけ頑張ったのにね?
多宝院 那由 : でも、それでも。感受性が薄れてしまう前に。
多宝院 那由 : ふたりで、幸せを感じられるうちに終わるのも、悪くないな、って。

多宝院 那由 : 僕らは許されないことをしていて、それはきっと許されることはなくて、
多宝院 那由 : けれど、
多宝院 那由 : どうしようもなく幸せだった。
多宝院 那由 : この手が、大切な人の手を握っていたこと。
多宝院 那由 : 最後に守れたのがそれで、僕は幸福だ。
多宝院 那由 : 間違いなく、幸福だった。

結果フェイズ:豊四季 一澄

豊四季 一澄 : ――立ち尽くしている。
豊四季 一澄 : 花畑。抜ける風。吹き上がる花弁の中心。
豊四季 一澄 : 時は夜。月星の下。灯はない。
豊四季 一澄 : その手にも。
豊四季 一澄 : ただ目に飛び込むうすあかりの下の色ばかりを受け止めて、……どれほどそうしていたのか、感覚もなく。
豊四季 一澄 : ふと肌寒さを覚える。両の腕を抱える。……その感覚に、寒さでない何かが頭をよぎる。
豊四季 一澄 : 理由を理解する前に、心が先んじてざわめく。いっそうその強さを増す風のように。
豊四季 一澄 : ゆっくりと辺りを見回す。頻度を増していく心拍を感じながら、受動ではなく能動として。
豊四季 一澄 :  
豊四季 一澄 : 誰もいない。
豊四季 一澄 : それを理解した瞬間に、空間に音が割り入る。
豊四季 一澄 : 重いものが花を潰し、地面に倒れる音。
豊四季 一澄 : それよりも鈍い落下音。
豊四季 一澄 : 爆ぜる火。
豊四季 一澄 : 少女そのものの小さな悲鳴。
豊四季 一澄 : 濁り潰れ痛みに歪んで漏れる声。
豊四季 一澄 : 尖ったものの肉に割り入る音。
豊四季 一澄 : 銃声。
豊四季 一澄 : 「ッ――――」そのすべてが何なのか理解できてしまう。息を呑む。絶えることを知らない花々が滲む。それをスニーカーの底で踏みにじって、駆け出す。
豊四季 一澄 : 目を伏せて、次第に切れていく自分の吐息だけを聞く。聞こうとする。けれど叶わない。どれほど走れど追いかけてくる。
豊四季 一澄 : 追いかけてくると知っている。
豊四季 一澄 : ――どうして?
豊四季 一澄 : ふとよぎった疑問に思わず開けた視界は、
豊四季 一澄 : 見慣れた高校の校舎。
豊四季 一澄 : そこにもたれかかる事切れた弟。
豊四季 一澄 : 溢れ出す悲鳴はまぎれもなく自分のもの。
豊四季 一澄 : それはずっと声にならなかった。一度たりとも声にならないまま、ずっと心の底で鳴り続けていた。
豊四季 一澄 : さんざ駆けてきた足がようやく疲労を知る。膝が震える。崩れ落ちる。あの日と同じように。
豊四季 一澄 : そうだ。こうして何度も思い知らされてきた。
豊四季 一澄 : 起きてしまったことからは逃げられない。
豊四季 一澄 : それを理解した瞬間に、上体の力までも失われる。草が頬を擦る感触。
豊四季 一澄 : こうして伏したままでいられたのなら、あるいは。
豊四季 一澄 : けれど、それもまた。
豊四季 一澄 : 『生きてよ』
豊四季 一澄 : 追いかけてくるものが許さない。
豊四季 一澄 : 何故と問うべき相手はもうどこにもなく。仮に問うたところで、答えはもうすでに出ている。
豊四季 一澄 : あの暴力じみた幸福は、何より雄弁にそれを教えた。
豊四季 一澄 : 多宝院那由が、七栄等花を選ばないはずがないと。
豊四季 一澄 : それでも、
豊四季 一澄 : 「なんで」
豊四季 一澄 : 「なんで……………」
豊四季 一澄 : その呻きは、地上に降りた地獄に轢き潰された精神の上げる変形された悲鳴。
豊四季 一澄 : 「なんでかずだったの」
豊四季 一澄 : 「なんで九鹿さんだったの」
豊四季 一澄 : 「なんで七栄さんだったの」
豊四季 一澄 : 「なんで多宝院さんだったの」
豊四季 一澄 : 「ねえ」
豊四季 一澄 : 「なんであたしだったの」
豊四季 一澄 :  
豊四季 一澄 : 「だれか」「たすけて」「ひとりにしないで…………」
豊四季 一澄 : 伏せたまま、宙へ手を伸ばす。誰もそれを取るものがないと知っていても。
多宝院 那由 : ――その手に、触れるものがある。
多宝院 那由 : 薔薇の香りがする。
多宝院 那由
多宝院 那由 : 「どうしてだったんだろうね」
多宝院 那由 : 「僕も、ずっとそれを思ってたんだ」
豊四季 一澄 : 触れたものを反射的に握り返す。生まれたての幼子のように。
豊四季 一澄 : そうしてからその存在に気づいたように顔を上げる。その頬はとめどない涙に濡れて。
多宝院 那由 : 握られた手と反対の手をのばす。暖かい手があなたの涙を拭う。
豊四季 一澄 : 抵抗はないが、追い付かないだろう。拭いても拭いても後を追って雫は溢れてくるから。
豊四季 一澄 : 「………………なんで?」その言葉のみは先までと同じでも、帯びた色はずっと違う。そこに呪詛じみた苦痛の影はない。
多宝院 那由 : 「……心配だったんだ」
豊四季 一澄 : 向かい合う目が見る間に丸くなる。
豊四季 一澄 : それからその目は、あちこちをきょろきょろと落ち着かない様子だ。安堵するように緩んだかと思えば、ふと睨み付けるように見上げたり、それから気まずそうに地に咲く花を眺めたり。
多宝院 那由 : 微笑んで、それを見つめている。白いカーディガンが、地面に広がったスカートが、風になびく。
多宝院 那由 : 「ほんとうはね、ほんとうは」
多宝院 那由 : 「すべてを、選べたらいいなって思ってて」
多宝院 那由 : 「……ずっと、思ってて」
豊四季 一澄 : 「……うん」
豊四季 一澄 : 「そうできたらいいに、決まってた」
豊四季 一澄 : 過去形の響きに、止まりかけた涙が再びにじむ。
多宝院 那由 : 分かち合うように、赤の瞳から透明な雫が溢れた。
多宝院 那由 : 「……そう、できたら、よかったのにね」
多宝院 那由 : 「……、……なんで、僕らだったんだろうね」
豊四季 一澄 : 「……どうしてだろ」
豊四季 一澄 : 「誰か、別の誰かが吸血鬼を見てさ」
豊四季 一澄 : 「先輩の狩人に会って」
豊四季 一澄 : 「そういうことも、あったかもしれないのに」
多宝院 那由 : 「……うん、」
多宝院 那由 : 血の色ではない、透明な雫たちが頬を伝って、スカートの上の花弁に落ちる。
多宝院 那由 : 「別の誰かなら、もっとうまくやってたかも」
多宝院 那由 : 「トウカが殺される前に、解決してたかも」
多宝院 那由 : 「……そういう、ことをね」
多宝院 那由 : 「意味なんてないのにね、ずっとね、」
多宝院 那由 : 「ずっと……」
多宝院 那由 : 「……ほんとはさ、逃げたくて、」
多宝院 那由 : 「向き合うのも、怖かったんだ……」
多宝院 那由 : 涙とともに、ことばが。溢れる。こぼれていく。
豊四季 一澄 : いつも自信に満ちて、説得力溢れる言葉でしゃべる人だと思っていた。それが今は、聞いたことのない声色と、調子。
豊四季 一澄 : それでも、別人のようだとは思わなくて。
豊四季 一澄 : 今度はその涙を、こちらが指で拭う。
豊四季 一澄 : 仮面に隠れたその心に満ち満ちている痛みが、少しでも楽になるように。
多宝院 那由 : 「ああ、」指が触れて、透明な痛みが拭われる。困ったように笑う。「君のために来たのにな……」
多宝院 那由 : 向かい合う。同じ痛みがそこにあって、それを拭い合って、この空間の中に、ふたり。
豊四季 一澄 : 「何言ってんの」少しだけ笑って言う。声にまだ涙の名残がある。
豊四季 一澄 : 「来てくれて、こうやって話してくれてさ。それだけで、それだけで」
豊四季 一澄 : 「もう」
豊四季 一澄 : 「もうそんなこと、ないんだと思って………」
多宝院 那由 : 笑う。涙の跡が光る。
多宝院 那由 : 「……あのね、」
多宝院 那由 : 「僕らのぶんまで生きる、ってことはさ」
多宝院 那由 : 「君の中に、ずっと僕らがいるってことなんだ」
多宝院 那由 : 「だからね、」
多宝院 那由 : 「だから、大丈夫」
多宝院 那由 : 「こうやって、一緒に、痛みを分かち合える」
多宝院 那由 : 「これから先、君にはまた、辛いことがあるかもしれなくて」
多宝院 那由 : 「でもね、そのとき、思い出してほしいんだ」
多宝院 那由 : 「君は僕らと一緒で」
多宝院 那由 : 「君は、ひとりじゃない」
豊四季 一澄 : 真っ直ぐにその言葉が心臓に突き刺さる感触。はやる血流がまた透明に変じて、瞳から流れ出す。
豊四季 一澄 : 「多宝院さんに言われたらさ、信じちゃうよ」
豊四季 一澄 : 「説得力の塊なんだから。理屈が通ってて、はっきりしてて」
豊四季 一澄 : 「しってる?」
豊四季 一澄 : 「説得力があったらさ、それは大げさとかじゃなくて」
豊四季 一澄 : 「ホントになるんだよ…………」
多宝院 那由 : 「そっか、……よかった」
多宝院 那由 : 「できない約束、したくないからさ」
多宝院 那由 : 「信じてくれて、嬉しい」
豊四季 一澄 : 「……うん」
豊四季 一澄 : 「だって、多宝院さん、約束できることも、目標にしなきゃいけないことも、わかってた」
豊四季 一澄 : 「だから、多宝院さんが言い切るならさ」
豊四季 一澄 : 「それは、信じていいことなんだよ」
多宝院 那由 : 「……うん、」
多宝院 那由 : 「……ありがとう」
多宝院 那由 : 「僕に、説得力があるなら。僕のことを、信じてくれるなら」
多宝院 那由 : 「僕は、それに応えよう」
多宝院 那由 : 一澄の手を取る。両方の手で、包む。
多宝院 那由 : 「これから先、君は悪い夢を見なくて」
多宝院 那由 : 「君があの夜たちのことを、苦しむことは、もうなくて」
多宝院 那由 : 「君はそれに縛られることなく、生きられる」
多宝院 那由 : 「君がしたことは、そうしなければならなかったことで、間違いなくて」
多宝院 那由 : 「だから、君はこれから先、生きていけるよ」
多宝院 那由 : 「君が信じる僕が言うんだから、これは本当になる」
豊四季 一澄 : 包まれたその手から、確かな体温。朗々と語られるその言葉のすべてが、未来を肯定している。
豊四季 一澄 : 「うん」はっきりと声に出して、頷く。
豊四季 一澄 : 「間違いないね」
豊四季 一澄 : 「だから、あたしも」
豊四季 一澄 : 「生きて、じゃなくて、生きるよ」
豊四季 一澄 : 「これは約束で、できるだけ長く、が、目標」
多宝院 那由 : 赤い瞳が見つめる。微笑む。身体に咲く花たちが揺れる。
多宝院 那由 : 「うん」
多宝院 那由 : 「ありがとう」
豊四季 一澄 : 「なんで」その言葉は今や、笑いを帯びて軽やかに。
豊四季 一澄 : 「ありがとうって言うの、こっちだと思ってたのに」
多宝院 那由 : 「あはは、じゃあ、ありがとうも分かち合おう」
多宝院 那由 : 笑って。その声は穏やかで、優しく、芯がある声。
豊四季 一澄 : きっとその声を、脳裏に抱いて生きていく。乗り越えたふたつの夜と、それ以上の喪失の向こうへ行くために。
豊四季 一澄 : 「冴えてる、さっすが」
豊四季 一澄 : そう笑っていた表情が、不意の痛みに歪む。
豊四季 一澄 : 那由に取られている片腕が、焼かれるように痛みだす。
多宝院 那由 : 蔓が、その先の花が、柔らかくその腕を覆う。
多宝院 那由 : 「そうだね、戻らなくてはね」
多宝院 那由 : 「大丈夫」
多宝院 那由 : 「行こう」
多宝院 那由 : ざあっと、風が吹く。それは花弁を持ち上げて、
多宝院 那由 : 舞った花弁が、強い光に照らされる。
多宝院 那由 : 夜明けの、太陽の光。
豊四季 一澄 : 地平線の果て。この世界の終わり。どれほど走っても終わらなかった大地の淵。
豊四季 一澄 : そこから差す光がこの場を埋め尽くす。
豊四季 一澄 : 瞳に焼きつく逆光と花弁のシルエット。
豊四季 一澄 : 白と黒が明滅する視界の中で、燃えるような腕の痛みだけが主張する。
豊四季 一澄 : コントラストは次第に黒が優勢に、ほどなく見えるものすべてが夜より深い闇へ落ちて、
豊四季 一澄 : そうして、

豊四季 一澄 : ――目を覚ます。
豊四季 一澄 : 瞼の裏とは打って変わった白い部屋が、久しく光を浴びていなかった網膜を刺して、
豊四季 一澄 : 「――ぅ」その刺激の拍子に身じろいだ全身、そしてがっちりと固定された片腕が主張する苦痛に声を漏らす。
犬吠埼 : 「! イズミちゃん!」
犬吠埼 : 犬の耳は帽子で隠されて、その目は涙でにじんでいる。
犬吠埼 : 大粒の雫として、ためた涙が滑り落ちながら、それでも犬吠埼は満面の笑みを浮かべて言う。
犬吠埼 : 生きていてくれて、嬉しいから。
犬吠埼 : 「おはよう、イズミちゃん」







GM : 今流行りのブラッドムーン体験卓
GM : 夜に落ちる / Slip into the Night
GM : おしまい。