後日談

裁判 舞台裏
GM
巨大なクラスターの奥。
GM
ぽつんと佇む小屋の中。
スティブナイト
女がベッドの上に蹲っている。
スティブナイト
コインを多く持つものの裁判は。
スティブナイト
見た目がシンプルなものであっても、力が強い。
スティブナイト
小さい村ならひとつ潰してしまうほどの力がある、とか。
スティブナイト
そういうことを聞く。
スティブナイト
疵の力が森を揺らす。
スティブナイト
砕けて力を奪われて、脆くなった結晶に、その衝撃は響くから。
スティブナイト
今始まりつつあるそれの気配を感じて、耳を塞いだ。
セラ
羽音。
セラ
小屋の前で止まり、しばしの沈黙。
スティブナイト
呻き声。
セラ
ノック音。
セラ
「こんにちはー、宅配便でーす」
スティブナイト
「……っ」
スティブナイト
身体を持ち上げる。
セラ
「失礼しまーす」
セラ
勝手にドアを開ける。
スティブナイト
「……何、逃げなかったの」
セラ
「ハンコかサインありますか? あ、置き配希望でした?」
セラ
そんな事を言いながら、スティブナイトの横に腰掛ける。
セラ
「逃げてきましたよ、裁判からは」
スティブナイト
「……そう」
スティブナイト
「まぁ、そっか」
スティブナイト
「森の中にいてもこれ以上どうにかなること、ないもんね」
スティブナイト
「お前は別に、森が騒がしくても」
スティブナイト
「そんな気にならないだろうし」
セラ
「も~、わかりませんか?」
セラ
「ナイトが心配で来ちゃった」
スティブナイト
「……………………」
スティブナイト
「全然わかんない」
セラ
ごろりと転がり、スティブナイトの膝に頭を預ける。
セラ
「苦しい?」
スティブナイト
「…………ん」
スティブナイト
肌は冷たく、冷や汗が流れる。
セラ
「…………」
セラ
「こういう時、どうしたら楽になりますか?」
セラ
「あいにく、似たような救世主の知り合いがいないので、全然見当がつかない」
スティブナイト
「……ずっと耐えてたり」
スティブナイト
「あと、まぁ普通に殺しに行ったり」
スティブナイト
「…………でも」
スティブナイト
「今遠くから黒結晶をどうにかできる力は、俺にはないな」
セラ
「そっか」
セラ
「背中とかさすりましょうか?」
スティブナイト
「…………?」
スティブナイト
「摩擦で熱を起こして……どうにかなる……?」
セラ
「多くの体調不良は、体温を上げることで改善されることがありますが……」
セラ
「まぁこれ関係ないですね!!」
セラ
「なんか労ってる気がして気分がいいので擦っておきましょう。 ナ~デナ~デ」
セラ
体を起こして、背を擦る。
スティブナイト
しばらくそれを拒みもせず受け入れていたが。
スティブナイト
びく、と肩が跳ねる。
セラ
「痛そう」
スティブナイト
「……痛い」
スティブナイト
細く長い息を吐いて、
スティブナイト
口元に手をやる。
セラ
体を寄せて、スティブナイトの頭を自分の肩へ抱き寄せた。
セラ
「かわいそうに」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「報い」
スティブナイト
「だろ、これが」
セラ
「そんなものはありませんよ」
セラ
「事象があって、結果があるだけです」
セラ
「報いなんてゆるふわワード、馬鹿らしいですよ」
スティブナイト
「……じゃあ」
スティブナイト
「自分の脆弱性を他人に埋め込んだ結果」
スティブナイト
「その脆弱性で痛む」
スティブナイト
「それはそういう戦い方をしてるからだし」
スティブナイト
「同情されるようなことじゃないだろ」
セラ
「今目の前で痛がっている人がいたら、かわいそうだと思うのはふつうのことだと思いますけど」
セラ
「それが愛する人なら、なおさら」
スティブナイト
「酔い潰れて吐いてるやつ見たら酔ってるんだなって思わない?」
セラ
「酔ってるんだなって思うし、飲みすぎて馬鹿だなって思います」
セラ
「でも、吐いてるのはかわいそう」
スティブナイト
「…………」
セラ
言いながら、抱き寄せた頭を撫でる。
スティブナイト
「やさしいんだな、お前」
セラ
「人にやさしくすると、気持ちよくなる性格なんですよ」
スティブナイト
「そう」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「公爵家にいたときはいくらでも優しくできる対象がいたかもしれないけど」
スティブナイト
「この森はお前にとっては寂しいところだろうな」
セラ
「どう……でしょうね」
セラ
「天使であることを自らに課していた僕は、誰か一人だけに優しくすることはできなかった」
セラ
「誰にでも同じように優しくして、愛していたし、誰のことも同じくらいどうでもよくて、愛していなかった」
セラ
「人に囲まれるのは嬉しいけど、同じくらい、どうでもいい」
スティブナイト
「難儀な奴だな……」
セラ
「あなたに言われても~」
スティブナイト
「それはそうだな……」
セラ
静かに頭を撫でている。
セラ
「不思議ですね。 もう自分が天使ではないと思っているのに、変わりきれないでいる」
スティブナイト
「……じゃあ、それが心の疵なんだろう」
スティブナイト
「俺がおんなに囚われているように」
スティブナイト
あの女があの男にとらわれていて、
スティブナイト
男が過去にとらわれていたように。
スティブナイト
「この黒結晶はそういうのを曖昧にすることが多い」
スティブナイト
「だから無気力になる奴とか、戦えなくなる奴とかが結構いて」
スティブナイト
「でもたまにそうじゃないのもいるんだよな……」
セラ
「そう、そうですね……、確かに、天使であることが心の疵でした」
セラ
「僕はね、ナイト」
セラ
「本当は、にんげんになりたかったんですよ」
スティブナイト
「…………」
セラ
「だって、にんげんは」
セラ
「誰も信じなくても、誰からも信じられなくても、生きていけるでしょう?」
スティブナイト
「存在が消えることはないけど」
スティブナイト
「それで有意義に生きていけるかは、どうだか」
セラ
「選べるのはずっといい」
セラ
「ナイトは、どちらがいい?」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「肉体に囚われない存在でありたかったと」
スティブナイト
「思ったことはあった」
スティブナイト
「この国で生きてきて」
スティブナイト
「心の疵次第で、何者にでもなれるってわかった」
スティブナイト
「けど」
スティブナイト
「結局これだ」
スティブナイト
マントを緩める。
スティブナイト
どこまでもおんなの身体がそこにある。
スティブナイト
ベルトで縛られた、厚手の布のその奥に。
スティブナイト
白くやわらかな肌がある。
セラ
「心の疵次第で何者にもなれるけど、心の疵から動けない」
セラ
「かわいそうな僕」
セラ
「そして、かわいそうなナイト」
スティブナイト
「……うん」
セラ
「救世主なんて、皆死んだほうがいい」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「俺もそう思うけど」
スティブナイト
「どっちかというと、俺は」
スティブナイト
「俺がこうなる世界が許せなくて」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「……誰にも見られたくなくて」
スティブナイト
「だって、心の疵が力になるなんて」
スティブナイト
「そんなの」
スティブナイト
「生きてるだけで、」
スティブナイト
「………………」
セラ
黙って頭を撫で続けている。
セラ
「最初に会ったときに、ひどいことを言いましたね」
セラ
「ごめんなさい」
スティブナイト
「…………」
セラ
緩めたマントで、おんなの体を再び隠す。
スティブナイト
「…………あんまり覚えてないな」
スティブナイト
「……ああ」
スティブナイト
「愛しましょうか、って」
スティブナイト
「そう言われたのは、覚えてる」
セラ
「愛していますよ」
セラ
「だからここに来た」
スティブナイト
「誰に対しても言ってるんだと思ってた」
スティブナイト
「天使ってそういうもんだし」
セラ
「どうでしょうね、誰に対しても言ってたかも」
セラ
「でも、今愛しているのはナイトだけです」
スティブナイト
「……それ」
スティブナイト
「どう受け取ったらいいのかわかんないんだけど……」
セラ
「あなたにしか言ったことはない、のほうがよかったですか?」
スティブナイト
「どっちにしろだよ」
スティブナイト
「そこじゃない……」
スティブナイト
「…………猟奇と、才覚と、愛」
スティブナイト
「3つによって世界が救われるとか、言うだろ」
セラ
「言いますね」
スティブナイト
「結局、ここまで来ても」
スティブナイト
「その愛ってやつがわからないんだよ」
セラ
「別にわからなくていいですよ」
セラ
「みんな分かっているふりをしているだけだ」
セラ
「他人へ執着する感情全てを雑にまとめたくくりが、愛」
セラ
「結局、そういうことでしょう」
セラ
「だから、心の疵になる」
スティブナイト
「理屈としてはわかるし」
スティブナイト
「それで人の疵を抉ったことも何度もあった」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「急に自分ごとになってびっくりしてる……」
セラ
「あれ、動揺してくれてます?」
スティブナイト
「そりゃあ……」
セラ
「うれしいな」
セラ
「そのまま僕のことで頭がいっぱいになってくれてもいいですからね」
スティブナイト
「なんで……?」
セラ
「そうなると嬉しいから」
スティブナイト
「そういうもんなの?」
セラ
「そういうもんなんですよ」
スティブナイト
「わからないな……」
セラ
「いつか分かるようになると、もっとうれしいな」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「頭がいっぱいになってほしいなら」
スティブナイト
「この森を壊せばいい」
スティブナイト
「……もっと簡単にやるなら」
スティブナイト
胸ぐらを掴んで、
スティブナイト
引き倒す。
スティブナイト
「こっちのほうが確実だと思うけど」
セラ
「…………」
セラ
見上げる。
セラ
自分より小さい体の、自分より強大な救世主を。
スティブナイト
「…………あ」
セラ
「これで本当に頭がいっぱいになってくれます~?」
スティブナイト
「逆がいい?」
セラ
「別にどっちでも」
セラ
「それより、多くの男達の一人になってしまうほうを心配してます」
スティブナイト
疲れの混じった溜息をついて、となりに寝転ぶ。
スティブナイト
「…………」
セラ
となりに寝転んだ女の髪を撫でる。
セラ
すくい上げた指の隙間から、髪がこぼれ落ちた。
スティブナイト
わずか、身じろぐ。
セラ
「僕を安全だと思ってほしい」
セラ
「僕を都合がいいと思ってほしい」
セラ
「僕を大事だと思ってほしい……」
セラ
「そういうことだけ、考えてほしい」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「急にそんなこと言われても」
スティブナイト
「……まぁ、少なくとも」
スティブナイト
「都合がいいと思ってるし」
スティブナイト
「力はあるほうがいいから」
スティブナイト
「そのためにお前を大事にするのを望むなら」
スティブナイト
「……でも」
スティブナイト
「こんな世界で」
スティブナイト
「今からやろうとしてるのは、世界を敵に回すことで」
スティブナイト
「ここにお前がいるなら、お前を大事にできるとは思わないよ」
セラ
「じゃあ、大事にできなくていいから、大事にしたいと思って」
セラ
「そうして大事にできないことに悩んでくれると、もっといい」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「そう思われることが力になるから?」
セラ
「ならないかも!」
スティブナイト
「……そう」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「……何かを」
スティブナイト
「思うのって、難しい……」
セラ
「難しいと思ってくれるだけで、僕は嬉しいですよ」
セラ
「ねぇ、ナイト」
セラ
「僕はあなたを愛しているから」
セラ
「ひとこと、抱いて、と言えば抱きますよ」
スティブナイト
「……」
スティブナイト
長い沈黙。
スティブナイト
それが愛と関わることを知っている。
スティブナイト
それが心の疵に抵触することがわかっている。
スティブナイト
「…………、」
スティブナイト
「……そういうのじゃ、なくて」
スティブナイト
「……」
スティブナイト
「あとで」
スティブナイト
「……掻き出すの、手伝って」
スティブナイト
「…………三月兎の……」
セラ
「もちろん」
セラ
おんなの下腹部を撫でる。
セラ
「かわいそうに」
セラ
「これからは、ちゃんと治療ができるようになっておこうかな」
スティブナイト
「……やさしいやつ」
スティブナイト
「…………」
セラ
おんなのちいさい腹を撫でながら。
セラ
よく伸びるテノールが歌を響かせる。
セラ
三月兎に歌った歌。 葬儀の時の歌。自分を信じる者たちと歌った歌。 仲間たちに歌った歌。
セラ
大事なひとを祝福する歌。
セラ
そうして歌い終わると。
セラ
絶望の森の主に、祝福の口づけを落とした。
スティブナイト
「できない約束かも」と、
スティブナイト
去り行く男の背中に呟いた。
スティブナイト
囁くような声だから、黒結晶が音を吸い込んで誰にも届けずに消し去った。
スティブナイト
踵を返して、森の結晶を踏み締める。
スティブナイト
どこまでも絶望の色をした森。
スティブナイト
少しふらついた足取りで、ただ歩く。
スティブナイト
この森はいつの間にか広くなっていて、住処に帰るのにもこんなに時間がかかる。
スティブナイト
三月兎の亡者の死体の横を通る。もう表面はほとんど黒結晶で覆われていた。
スティブナイト
もう少しすれば、荒らされたあちこちも元通りになるだろう。
スティブナイト
何もかもの痕跡もなくなる。きっと。
スティブナイト
この規模の領域で、内部の状況についてこれだけ管理できて、領域内に侵入したものをおかしくさせる。
スティブナイト
堕落の国の救世主の中では、生き残るのに恵まれた能力だろうとわかる。
スティブナイト
立て続けに二度、こんな脅威度帯の救世主を相手にして、まだ立っているのだから。
スティブナイト
『かわいそうに』
スティブナイト
声が脳裏をよぎった。
スティブナイト
スティブナイト
開けた場所。巨大な黒結晶のクラスター。
スティブナイト
そのほど近くに、半分ほど結晶で覆われた小屋。
スティブナイト
その扉を開ける。
スティブナイト
軋む音ひとつ立てずに扉は開いた。
セラ
小屋には誰もいない。
セラ
静寂だけがある。
スティブナイト
それに。
スティブナイト
どんな気持ちを抱いたか、うまく整理できずにいる。
スティブナイト
ベッドに腰をかけて、溜息をついた。
セラ
ベッドはきちんとシーツが伸ばされ、僅かに散っていた結晶の欠片も取り除かれていた。
セラ
男のいた痕跡は、全て整えられている。
スティブナイト
そのままベッドに身を投げ出して。
スティブナイト
目を閉じる。
スティブナイト
……ずっと考えていた。
スティブナイト
あの男があそこで死のうが生きようが、そう変わらなかったのに。
スティブナイト
話を聞くまでもなく、殺せばよかったのに。
スティブナイト
あんなに長く喋ったのは、何か。
スティブナイト
何かを、
スティブナイト
求めていたような気がするし。
スティブナイト
結局期待していたものが返ってくることはなくて、だから。
スティブナイト
今ここにひとりでいることに対しての安堵がある、と思う。
セラ
ガチャ!とドアが開いた。
セラ
「あれ? 帰ってたんですね! おかえりなさい!」
セラ
「いや~、公爵家が置いてった物資回収してきたんですけど、遠いし重いし大変でしたよ~」
スティブナイト
「、」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
まばたきを数度。
スティブナイト
「……うるさい」
スティブナイト
「びっくりするだろ」
セラ
「エ~? ホント!? ごめんなさ~い!! でも僕結構陽気だから、普通に生きてるだけで騒がしいかも!」
セラ
「いっそのこと舌を引き抜いたり口を縫い付けたりしたら便利かも! やってみます?」
スティブナイト
「やだ……」
スティブナイト
「大して効果なさそう」
セラ
「そんな~! もしかして人を腹からでも喋れる奴だと思ってたりします!? ひど~い!!」
セラ
「あ、そうだ食料あるんでスープかなんか作りましょうか? それとも体拭いたりします~?」
セラ
公爵家の投下した物資を漁り、使いやすそうなものを取り出している。
スティブナイト
「え、…………???」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「食事とか」
スティブナイト
「ぜんぜんとってないな……」
セラ
「うわっ、やっぱり」
セラ
「も~、ダメですよ! 餓死しなかったとしても、精神の安寧には温かい食事取ったほうが絶対いいんですから!」
セラ
「台所ないからそうなんじゃないかと思ったんですよね~」
スティブナイト
見られてる……家を……
スティブナイト
そりゃそうなんだけど……
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「味が……」
スティブナイト
「あと温度とかが嫌で……」
セラ
「え~?」
セラ
「じゃあ仕方ないかぁ~」
セラ
「いや、ていうかそんな敏感なのに男をベッドに誘ったりしないでくださいよ」
スティブナイト
「……………………」
セラ
「ナイト、あらゆる刺激イヤなほうなんじゃないですか?」
スティブナイト
「……そうだけど」
セラ
「やっぱり~」
セラ
「じゃあ、あんまり触ったりもしないほうがいいですね」
スティブナイト
「……触りたいの?」
セラ
いつの間にか、声のトーンは落ち着いている。
セラ
「他人の体温やスキンシップに安心する人は多い。 だから、意識的に触れることはよくあります」
セラ
「でも、嫌なら触っても仕方ないですからね」
スティブナイト
「……」
スティブナイト
「いや」
スティブナイト
「理屈はわかるけど」
スティブナイト
「お前はどうなの」
セラ
「気になりますか?」
スティブナイト
「………………」
スティブナイト
「道具としてお前を使うなら」
スティブナイト
「潰れないようにしないといけないし」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「我慢させるのはよくないと思う」
スティブナイト
「から、気になる」
セラ
「ふふ、大事にしてもらえてる」
セラ
「そうだなぁ、僕はスキンシップはなくてもいいけど、優しくする手段としてのスキンシップは好きですね」
セラ
「それより……、あなたにできることが無いほうが苦しいかも」
セラ
スティブナイトに触れようとして、気が付いて、手を下ろす。
スティブナイト
「……」
スティブナイト
手を伸ばす。その手の、指先にだけ触れる。
スティブナイト
「癖なら」
スティブナイト
「やっていいよ」
スティブナイト
「やりたいようにしてくれていい」
セラ
「やりませんよ」
セラ
「僕は、あなたが少しでも心地よく、安心して、楽になってくれるために行動したい」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「……いや、あの」
スティブナイト
「その、優しくするスキンシップっていうのが」
スティブナイト
「わかんなくて……」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
目をそらし続けている。
セラ
「なるほど」
セラ
「さっき……ナイトが出ていく前、僕が触ったと思います」
セラ
「あれはどうでした?」
スティブナイト
「最初ちょっとびっくりした」
スティブナイト
「でも、ほら」
スティブナイト
「音嫌いでも会話できるのと似てて」
スティブナイト
「そういうものなのかなって……?」
スティブナイト
「…………」
セラ
「大丈夫ではあったと」
スティブナイト
「うん」
セラ
スティブナイトの頬に触れる。
セラ
薄いクリスタルガラスに触れるように、そっと。
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「なんかもっとこう」
スティブナイト
「殴られる感じかと思ったけど」
スティブナイト
「そういうのじゃないんだ……?」
セラ
「これだけ好意を伝えているのに、殴られると思われているなんて心外だなぁ」
セラ
指が頬を撫でる。
スティブナイト
「っ、」
スティブナイト
ふ、と声が漏れる。
スティブナイト
「くすぐったい」
セラ
「くすぐったいのは、嫌?」
スティブナイト
「……いや、じゃない」
セラ
「よかった、なら、あなたの頬には触れられる」
スティブナイト
「……やっぱり触りたいんじゃないの」
スティブナイト
「…………嫌じゃない」
スティブナイト
「たぶん……」
セラ
「愛しいと思うものはかわいいし、かわいいものには触れたいですからね」
セラ
嫌じゃない、と言われると、スティブナイトの頭を撫でる。
セラ
「かわいいかわいい、僕のナイト」
スティブナイト
愛しい=かわいい=触れたいの式がつながらないなと思っている。
スティブナイト
そういうものなのかな。
セラ
そういうものですという顔をしています。
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
細くやわらかい髪。
スティブナイト
大人しく撫でられるさまは、ただの少女のよう。
スティブナイト
「……いや」
スティブナイト
「かわいくはなくない?」
セラ
「うんうん、わかりますよ~。 そういう認識になりますよね~」
セラ
「でも、他者からの評価は自分ではどうにもできないので、諦めましょうね」
スティブナイト
「だってお前、そんなんなってるじゃん」
スティブナイト
「俺のせいだし」
セラ
「こんなんなっちゃった」
セラ
「あなたのせい」
スティブナイト
「あとお前の仲間っぽいやつもたくさん殺したよ」
セラ
「あ~……」
セラ
「そうですね」
スティブナイト
「かわいくなくない?」
スティブナイト
「すごい悪いやつじゃない?」
セラ
「……僕は、仲間を大事に思っていました」
セラ
「今この森で結晶に飲まれゆく三月兎達も大事に思っていたし、この森の近くに住む末裔達や、僕たちの帰りを待つ、公爵家の兵達とも面識がある」
セラ
「……あなたに会わなければ」
セラ
「イーデンやセシリアと、まだ仲間だったでしょう」
スティブナイト
「……………………」
スティブナイト
視線を地面に落とす。
セラ
「今でも、天使であった自分のことを思うと心がじくじくと痛む」
セラ
「今の自分の姿を、受け入れ難いと思う気持ちが残っている」
セラ
「でも、もう、どうでもよくなっちゃったんですよ」
セラ
「それが誰のせいとか、もう、どうでもいい」
セラ
「どうせこの国は長くない。 僕一人では何もできない」
セラ
「だから、あなたが悪いとは思わない。 僕は、あなたを許します」
スティブナイト
「天使みたいなこと言うよね」
セラ
「実は天使だったんですよ~」
スティブナイト
「知ってるよ」
セラ
「ウソ~、物知り~」
スティブナイト
「結構ほんとに天使だと思ってたし」
スティブナイト
「今でもわりとそうなのかなって思わなくはないよ」
スティブナイト
「目に優しい色になっただけで」
スティブナイト
「敬語とか使ったほうがいいのかな……って思う」
セラ
「アハハ! 敬語かぁ~!」
スティブナイト
「いや、できないけどね」
セラ
「どちらにしても、こうなってしまってはね」
セラ
とても天使には見えない男が、くるりとその場で回ってみせる。
セラ
「多分ねぇ、今の僕、天使の真似がすっごく上手いですよ」
セラ
「人々を扇動したりするの得意かも」
スティブナイト
「すっごい有用」
セラ
「有用と思ってもらえてうれし~!」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
何かしばし考え込んで。
スティブナイト
「お前さ」
スティブナイト
「ラストアリスにならない?」
セラ
「ラスト……アリス……」
セラ
スティブナイトの瞳を、じっと見る。
セラ
「どうして、僕に?」
スティブナイト
「そこにいたから」
スティブナイト
「……いや」
スティブナイト
「俺、この国に来た時」
スティブナイト
「結構すぐ死ぬかなって思ったんだけど」
スティブナイト
「難しくて」
スティブナイト
「もしかしてこの国滅ぼしたほうが早いんじゃないかなって」
スティブナイト
「で、お前、生きたいんだろ」
スティブナイト
「じゃあ俺と一緒に世界滅ぼして」
スティブナイト
「最後に俺を殺したらいいよ」
セラ
「…………」
セラ
「それじゃあ……」
セラ
「僕は、一人になってしまう……」
スティブナイト
「困ったね」
スティブナイト
「救世主が一人だけでラストアリスが成立するなら、末裔は残しとく?」
セラ
「僕は」
セラ
「あなたに死んで欲しくない」
セラ
スティブナイトの手を取る。
セラ
「ずっと側に置いてもいいって言ったのに」
セラ
「僕を捨てるつもり?」
スティブナイト
「えー、じゃあ」
スティブナイト
「世界のほとんどを滅ぼして」
スティブナイト
「救世主が来たら即殺して」
スティブナイト
「そうやって長生きする?」
セラ
「…………」
セラ
視線が落ちて、握った手を見ている。
セラ
「……僕が、いると」
セラ
「ナイトは、やりたいことができないみたいだ」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「どうだろうな」
スティブナイト
「……別に生死にこだわりはないし」
スティブナイト
「ああ、いや」
スティブナイト
「お前が死んで欲しくないって言うならこだわらないといけないんだな……」
スティブナイト
「……俺は」
スティブナイト
「俺を害するものが嫌ってだけだから」
スティブナイト
「堕落の国の生存人数をとりあえず2人にして」
スティブナイト
「コイン10枚で落ちてくる救世主を殺し続けたら」
スティブナイト
「なんとかなる?」
セラ
「…………」
セラ
「そう、ですね」
セラ
「なら、僕が有象無象の相手をしたらいい。 そうしたら、ナイトは静かに暮らしてゆける」
セラ
そうして。
セラ
何かあれば、自分を殺せばいい。
セラ
あるいは、自分が死ねばいい。
スティブナイト
「言っとくけど」
スティブナイト
「お前が活動してる以上俺は全然静かじゃないからね」
スティブナイト
「だとしたら、ひとりで行動させる意味もないでしょ」
セラ
「え~? そうなの?」
セラ
「まぁそりゃそうか、これだけ結晶生えてたら」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
触れてみる。セラの肩の結晶に。
セラ
触れるのを見ている。
スティブナイト
「……だめだね」
スティブナイト
「全然静かにならなさそう」
セラ
「ん~、残念」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「こうなったときに自我を保ってる奴、珍しすぎて」
スティブナイト
「今まで気付かなかったんだけど」
スティブナイト
「ものすごいプライバシーを侵害してるきがする」
セラ
「アハハ、そうかも」
セラ
「これから一日中やること筒抜けか~」
スティブナイト
「そのうち死ぬやつはまあ、一瞬だからいいけどね」
スティブナイト
「……」
スティブナイト
「困る?」
セラ
「ナイトと離れてるときに、延々愛を囁いたり、子守唄歌ったりできていいな~って思ってます」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「賑やかだな~……」
セラ
「じゃあウィスパーボイスでやるんで~、ダメ?」
スティブナイト
「いいよ」
セラ
「やったあ」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「そういえば、人に結晶植え付けた時」
スティブナイト
「どうなってるのかわかってなかったんだよ」
セラ
「え? じゃあ見ます? 脳くらいまでなら見てもいいですよ」
スティブナイト
「戻せるの?」
セラ
「ナイトに殺す気がなければ多分」
スティブナイト
「……でも、痛そう」
スティブナイト
「ただでさえ大変なのに」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「表面だけなら触ってもいい?」
セラ
「いいですよ」
スティブナイト
手が結晶をなぞって、
スティブナイト
そのまま肩に触れる。
セラ
触れられるままにしている。
スティブナイト
そのまま、さっきされたのと同じような手付きで。そっと。
スティブナイト
腕を触って、手に触れる。
セラ
大きく骨ばった手。
スティブナイト
おんなの手はそれの半分ほどの大きさしかない。
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「どう?」
セラ
「さっきはああ言いましたけど」
セラ
「触れられて嬉しいです」
スティブナイト
「そう」
スティブナイト
「じゃあたくさん触ったほうがいい」
セラ
重ねられた手の、指の間に指を滑り込ませて、手を握る。
セラ
「じゃあ、ナイトが嫌にならないくらいに」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「でかいな……」
セラ
「ふふ」
セラ
少女の手は、子供のように小さい。 それを愛おしいと思ったが、口にはしなかった。
セラ
おんなの体はこんなにも小さく愛おしい。 だが、それは言わなくていい。
スティブナイト
「……………………」
スティブナイト
じっと見上げている。
スティブナイト
何を考えているかをうかがっているような素振りをして。
スティブナイト
「事実じゃない?」
セラ
「そうかも」
セラ
「愛している人と手を繋ぐことって、こんなにうれしいものなんですね」
セラ
「皆を愛していたときには、知らなかったことです」
スティブナイト
「……そうなんだ」
スティブナイト
「うれしいならよかった」
セラ
もう片方の手も同じように繋いで。
セラ
スティブナイトの瞳の奥を見ている。
セラ
「ねぇ、ナイト」
スティブナイト
まばたき。
スティブナイト
見つめ返す。
セラ
「あれから、どれくらい僕のことを考えた?」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「ずっと考えてた」
セラ
「ふふ」
セラ
笑って、スティブナイトのちいさな肩に、軽く頭を預ける。
セラ
「うれしい」
スティブナイト
「……今も」
スティブナイト
「考えてるよ」
セラ
「何を考えてます?」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「言うべきか言わないべきか」
スティブナイト
「っていうか」
スティブナイト
「……難しいな」
スティブナイト
「お前を大事にする方法がなんなのか」
スティブナイト
「とか」
セラ
「…………」
セラ
「そう」
セラ
言うべきか言わないべきか。
セラ
僕を大事にする方法。
セラ
困ったな、心当たりは多くない。
セラ
「ナイト」
セラ
「あなたが黙っていることが苦しいなら言えばいいし、言いたくないのなら言わなくていい」
セラ
「僕はもう、あなたがいるから大丈夫」
スティブナイト
「………………」
スティブナイト
「バレてる?」
セラ
「さぁ、何のことやらさっぱり」
スティブナイト
「…………」
スティブナイト
「……次は」
スティブナイト
「もうちょっとうまくやるね」
セラ
「下手でいいですよ」
セラ
「僕は、あなたに上手くあることを求めませんから」
セラ
「それに、今のままで十分」
セラ
「愛されていると感じています」
スティブナイト
「………………」
スティブナイト
それに返した言葉は。
スティブナイト
囁くような声だから、
スティブナイト
ふたり以外に聞こえることはない。
セラ
この世界に希望はない。
セラ
しかしそこには人がいて。
セラ
誰かに対する執着に、それらしい名前を付けることはできる。
セラ
誰かから信じられなければ存在を保てなかったはずの天使は。
セラ
天使ではなくなり、存在している。
セラ
誰も信じられない。
セラ
でも、このひとを愛している。
セラ
だから、それでいい。
セラ
この世界に希望はないが。
セラ
あらゆる存在は生きていくために希望が必要だ。
セラ
「───」
セラ
ふたりは生きてゆく。
セラ
まだ、しばらくは。