後日談
裁判 舞台裏
スティブナイト
見た目がシンプルなものであっても、力が強い。
スティブナイト
小さい村ならひとつ潰してしまうほどの力がある、とか。
スティブナイト
砕けて力を奪われて、脆くなった結晶に、その衝撃は響くから。
スティブナイト
今始まりつつあるそれの気配を感じて、耳を塞いだ。
セラ
「ハンコかサインありますか? あ、置き配希望でした?」
セラ
そんな事を言いながら、スティブナイトの横に腰掛ける。
スティブナイト
「森の中にいてもこれ以上どうにかなること、ないもんね」
セラ
ごろりと転がり、スティブナイトの膝に頭を預ける。
セラ
「あいにく、似たような救世主の知り合いがいないので、全然見当がつかない」
スティブナイト
「あと、まぁ普通に殺しに行ったり」
スティブナイト
「今遠くから黒結晶をどうにかできる力は、俺にはないな」
スティブナイト
「摩擦で熱を起こして……どうにかなる……?」
セラ
「多くの体調不良は、体温を上げることで改善されることがありますが……」
セラ
「なんか労ってる気がして気分がいいので擦っておきましょう。 ナ~デナ~デ」
スティブナイト
しばらくそれを拒みもせず受け入れていたが。
セラ
体を寄せて、スティブナイトの頭を自分の肩へ抱き寄せた。
セラ
「報いなんてゆるふわワード、馬鹿らしいですよ」
スティブナイト
「自分の脆弱性を他人に埋め込んだ結果」
スティブナイト
「それはそういう戦い方をしてるからだし」
スティブナイト
「同情されるようなことじゃないだろ」
セラ
「今目の前で痛がっている人がいたら、かわいそうだと思うのはふつうのことだと思いますけど」
スティブナイト
「酔い潰れて吐いてるやつ見たら酔ってるんだなって思わない?」
セラ
「酔ってるんだなって思うし、飲みすぎて馬鹿だなって思います」
セラ
「人にやさしくすると、気持ちよくなる性格なんですよ」
スティブナイト
「公爵家にいたときはいくらでも優しくできる対象がいたかもしれないけど」
スティブナイト
「この森はお前にとっては寂しいところだろうな」
セラ
「天使であることを自らに課していた僕は、誰か一人だけに優しくすることはできなかった」
セラ
「誰にでも同じように優しくして、愛していたし、誰のことも同じくらいどうでもよくて、愛していなかった」
セラ
「人に囲まれるのは嬉しいけど、同じくらい、どうでもいい」
セラ
「不思議ですね。 もう自分が天使ではないと思っているのに、変わりきれないでいる」
スティブナイト
「……じゃあ、それが心の疵なんだろう」
スティブナイト
「俺がおんなに囚われているように」
スティブナイト
「この黒結晶はそういうのを曖昧にすることが多い」
スティブナイト
「だから無気力になる奴とか、戦えなくなる奴とかが結構いて」
スティブナイト
「でもたまにそうじゃないのもいるんだよな……」
セラ
「そう、そうですね……、確かに、天使であることが心の疵でした」
セラ
「誰も信じなくても、誰からも信じられなくても、生きていけるでしょう?」
スティブナイト
「それで有意義に生きていけるかは、どうだか」
スティブナイト
「肉体に囚われない存在でありたかったと」
スティブナイト
「心の疵次第で、何者にでもなれるってわかった」
スティブナイト
どこまでもおんなの身体がそこにある。
スティブナイト
ベルトで縛られた、厚手の布のその奥に。
セラ
「心の疵次第で何者にもなれるけど、心の疵から動けない」
スティブナイト
「だって、心の疵が力になるなんて」
セラ
「最初に会ったときに、ひどいことを言いましたね」
スティブナイト
「誰に対しても言ってるんだと思ってた」
セラ
「どうでしょうね、誰に対しても言ってたかも」
スティブナイト
「どう受け取ったらいいのかわかんないんだけど……」
セラ
「あなたにしか言ったことはない、のほうがよかったですか?」
スティブナイト
「3つによって世界が救われるとか、言うだろ」
スティブナイト
「その愛ってやつがわからないんだよ」
セラ
「他人へ執着する感情全てを雑にまとめたくくりが、愛」
スティブナイト
「それで人の疵を抉ったことも何度もあった」
スティブナイト
「急に自分ごとになってびっくりしてる……」
セラ
「そのまま僕のことで頭がいっぱいになってくれてもいいですからね」
セラ
「いつか分かるようになると、もっとうれしいな」
スティブナイト
「頭がいっぱいになってほしいなら」
スティブナイト
「こっちのほうが確実だと思うけど」
セラ
自分より小さい体の、自分より強大な救世主を。
セラ
「これで本当に頭がいっぱいになってくれます~?」
セラ
「それより、多くの男達の一人になってしまうほうを心配してます」
スティブナイト
疲れの混じった溜息をついて、となりに寝転ぶ。
セラ
すくい上げた指の隙間から、髪がこぼれ落ちた。
スティブナイト
「そのためにお前を大事にするのを望むなら」
スティブナイト
「今からやろうとしてるのは、世界を敵に回すことで」
スティブナイト
「ここにお前がいるなら、お前を大事にできるとは思わないよ」
セラ
「じゃあ、大事にできなくていいから、大事にしたいと思って」
セラ
「そうして大事にできないことに悩んでくれると、もっといい」
スティブナイト
「そう思われることが力になるから?」
セラ
「難しいと思ってくれるだけで、僕は嬉しいですよ」
スティブナイト
それが愛と関わることを知っている。
スティブナイト
それが心の疵に抵触することがわかっている。
セラ
「これからは、ちゃんと治療ができるようになっておこうかな」
セラ
三月兎に歌った歌。 葬儀の時の歌。自分を信じる者たちと歌った歌。 仲間たちに歌った歌。
スティブナイト
囁くような声だから、黒結晶が音を吸い込んで誰にも届けずに消し去った。
スティブナイト
踵を返して、森の結晶を踏み締める。
スティブナイト
少しふらついた足取りで、ただ歩く。
スティブナイト
この森はいつの間にか広くなっていて、住処に帰るのにもこんなに時間がかかる。
スティブナイト
三月兎の亡者の死体の横を通る。もう表面はほとんど黒結晶で覆われていた。
スティブナイト
もう少しすれば、荒らされたあちこちも元通りになるだろう。
スティブナイト
何もかもの痕跡もなくなる。きっと。
スティブナイト
この規模の領域で、内部の状況についてこれだけ管理できて、領域内に侵入したものをおかしくさせる。
スティブナイト
堕落の国の救世主の中では、生き残るのに恵まれた能力だろうとわかる。
スティブナイト
立て続けに二度、こんな脅威度帯の救世主を相手にして、まだ立っているのだから。
スティブナイト
開けた場所。巨大な黒結晶のクラスター。
スティブナイト
そのほど近くに、半分ほど結晶で覆われた小屋。
スティブナイト
どんな気持ちを抱いたか、うまく整理できずにいる。
スティブナイト
ベッドに腰をかけて、溜息をついた。
セラ
ベッドはきちんとシーツが伸ばされ、僅かに散っていた結晶の欠片も取り除かれていた。
スティブナイト
あの男があそこで死のうが生きようが、そう変わらなかったのに。
スティブナイト
話を聞くまでもなく、殺せばよかったのに。
スティブナイト
結局期待していたものが返ってくることはなくて、だから。
スティブナイト
今ここにひとりでいることに対しての安堵がある、と思う。
セラ
「あれ? 帰ってたんですね! おかえりなさい!」
セラ
「いや~、公爵家が置いてった物資回収してきたんですけど、遠いし重いし大変でしたよ~」
セラ
「エ~? ホント!? ごめんなさ~い!! でも僕結構陽気だから、普通に生きてるだけで騒がしいかも!」
セラ
「いっそのこと舌を引き抜いたり口を縫い付けたりしたら便利かも! やってみます?」
セラ
「そんな~! もしかして人を腹からでも喋れる奴だと思ってたりします!? ひど~い!!」
セラ
「あ、そうだ食料あるんでスープかなんか作りましょうか? それとも体拭いたりします~?」
セラ
公爵家の投下した物資を漁り、使いやすそうなものを取り出している。
セラ
「も~、ダメですよ! 餓死しなかったとしても、精神の安寧には温かい食事取ったほうが絶対いいんですから!」
セラ
「台所ないからそうなんじゃないかと思ったんですよね~」
セラ
「いや、ていうかそんな敏感なのに男をベッドに誘ったりしないでくださいよ」
セラ
「ナイト、あらゆる刺激イヤなほうなんじゃないですか?」
セラ
「じゃあ、あんまり触ったりもしないほうがいいですね」
セラ
「他人の体温やスキンシップに安心する人は多い。 だから、意識的に触れることはよくあります」
スティブナイト
「潰れないようにしないといけないし」
セラ
「そうだなぁ、僕はスキンシップはなくてもいいけど、優しくする手段としてのスキンシップは好きですね」
セラ
「それより……、あなたにできることが無いほうが苦しいかも」
セラ
スティブナイトに触れようとして、気が付いて、手を下ろす。
スティブナイト
手を伸ばす。その手の、指先にだけ触れる。
セラ
「僕は、あなたが少しでも心地よく、安心して、楽になってくれるために行動したい」
スティブナイト
「その、優しくするスキンシップっていうのが」
セラ
「さっき……ナイトが出ていく前、僕が触ったと思います」
スティブナイト
「音嫌いでも会話できるのと似てて」
スティブナイト
「そういうものなのかなって……?」
セラ
薄いクリスタルガラスに触れるように、そっと。
セラ
「これだけ好意を伝えているのに、殴られると思われているなんて心外だなぁ」
セラ
「よかった、なら、あなたの頬には触れられる」
スティブナイト
「……やっぱり触りたいんじゃないの」
セラ
「愛しいと思うものはかわいいし、かわいいものには触れたいですからね」
セラ
嫌じゃない、と言われると、スティブナイトの頭を撫でる。
スティブナイト
愛しい=かわいい=触れたいの式がつながらないなと思っている。
スティブナイト
大人しく撫でられるさまは、ただの少女のよう。
セラ
「うんうん、わかりますよ~。 そういう認識になりますよね~」
セラ
「でも、他者からの評価は自分ではどうにもできないので、諦めましょうね」
スティブナイト
「だってお前、そんなんなってるじゃん」
スティブナイト
「あとお前の仲間っぽいやつもたくさん殺したよ」
セラ
「今この森で結晶に飲まれゆく三月兎達も大事に思っていたし、この森の近くに住む末裔達や、僕たちの帰りを待つ、公爵家の兵達とも面識がある」
セラ
「イーデンやセシリアと、まだ仲間だったでしょう」
セラ
「今でも、天使であった自分のことを思うと心がじくじくと痛む」
セラ
「今の自分の姿を、受け入れ難いと思う気持ちが残っている」
セラ
「でも、もう、どうでもよくなっちゃったんですよ」
セラ
「どうせこの国は長くない。 僕一人では何もできない」
セラ
「だから、あなたが悪いとは思わない。 僕は、あなたを許します」
スティブナイト
「結構ほんとに天使だと思ってたし」
スティブナイト
「今でもわりとそうなのかなって思わなくはないよ」
スティブナイト
「敬語とか使ったほうがいいのかな……って思う」
セラ
とても天使には見えない男が、くるりとその場で回ってみせる。
セラ
「多分ねぇ、今の僕、天使の真似がすっごく上手いですよ」
スティブナイト
「結構すぐ死ぬかなって思ったんだけど」
スティブナイト
「もしかしてこの国滅ぼしたほうが早いんじゃないかなって」
スティブナイト
「救世主が一人だけでラストアリスが成立するなら、末裔は残しとく?」
セラ
「ナイトは、やりたいことができないみたいだ」
スティブナイト
「……別に生死にこだわりはないし」
スティブナイト
「お前が死んで欲しくないって言うならこだわらないといけないんだな……」
スティブナイト
「俺を害するものが嫌ってだけだから」
スティブナイト
「堕落の国の生存人数をとりあえず2人にして」
スティブナイト
「コイン10枚で落ちてくる救世主を殺し続けたら」
セラ
「なら、僕が有象無象の相手をしたらいい。 そうしたら、ナイトは静かに暮らしてゆける」
スティブナイト
「お前が活動してる以上俺は全然静かじゃないからね」
スティブナイト
「だとしたら、ひとりで行動させる意味もないでしょ」
セラ
「まぁそりゃそうか、これだけ結晶生えてたら」
スティブナイト
「こうなったときに自我を保ってる奴、珍しすぎて」
スティブナイト
「ものすごいプライバシーを侵害してるきがする」
スティブナイト
「そのうち死ぬやつはまあ、一瞬だからいいけどね」
セラ
「ナイトと離れてるときに、延々愛を囁いたり、子守唄歌ったりできていいな~って思ってます」
セラ
「じゃあウィスパーボイスでやるんで~、ダメ?」
スティブナイト
「そういえば、人に結晶植え付けた時」
スティブナイト
「どうなってるのかわかってなかったんだよ」
セラ
「え? じゃあ見ます? 脳くらいまでなら見てもいいですよ」
スティブナイト
そのまま、さっきされたのと同じような手付きで。そっと。
スティブナイト
おんなの手はそれの半分ほどの大きさしかない。
スティブナイト
「じゃあたくさん触ったほうがいい」
セラ
重ねられた手の、指の間に指を滑り込ませて、手を握る。
セラ
少女の手は、子供のように小さい。 それを愛おしいと思ったが、口にはしなかった。
セラ
おんなの体はこんなにも小さく愛おしい。 だが、それは言わなくていい。
スティブナイト
何を考えているかをうかがっているような素振りをして。
セラ
「愛している人と手を繋ぐことって、こんなにうれしいものなんですね」
セラ
「皆を愛していたときには、知らなかったことです」
セラ
笑って、スティブナイトのちいさな肩に、軽く頭を預ける。
スティブナイト
「お前を大事にする方法がなんなのか」
セラ
「あなたが黙っていることが苦しいなら言えばいいし、言いたくないのなら言わなくていい」
セラ
「僕は、あなたに上手くあることを求めませんから」
セラ
誰かに対する執着に、それらしい名前を付けることはできる。
セラ
誰かから信じられなければ存在を保てなかったはずの天使は。
セラ
あらゆる存在は生きていくために希望が必要だ。