オオトリ
見失えば、先行しそうになったのを抑えて、一旦そちらへ戻って来るぞ
クロイス
探し出すのは、当然のこと。
けど、その先は?
クロイス
「見つけられたとして……あなたはその後、どうなさるのですか」
オオトリ
「どう、というと……合流して、スティブナイトを仕留めて……」
クロイス
「これまでのように、同じでいられると……?」
クロイス
「あなたの手をすりぬけて、どこか、遠くへ」
クロイス
そうやって一人。
無事でいられる少女ではない。
オオトリ
見解は同じ。あいつを一人にするのは、ダメだ
クロイス
手を伸ばす。サングラスに触れている手を重ねる。
クロイス
「けれどそれこそが、私たちの上に立ち、思うがまま、望むがままに振舞える証」
クロイス
「あなたがエーニャを手放したくないのであれば」
オオトリ
クロイスの手を乗せたまま、サングラスを外す
オオトリ
「いいよ。もう、お前がそれ以上言う必要はない」
クロイス
「あなたが覇道をゆく最中。どれだけ取りこぼしてしまっても、けして0にはなりません」
クロイス
「私は片時も離れず、あなたの所有物であり続けます」
クロイス
初めて笑みを零した。
これまで一度も見たことのない顔。
クロイス
一人はここにいる。
だから大丈夫だと、その背を押す。
オオトリ
「ありがとう。俺もお前を手放さないから」
オオトリ
自分を縛っていた人間性を、一つずつ、捨てているような気がした
クロイス
人間性が解かれて。
代わりに、私たちが縛られる。
オオトリ
「だから、お前が所有物だとすれば、責任は全て持ち主の俺にある」
オオトリ
人間らしいもので俺の中に残ったのは、あと一つ
オオトリ
「責任は俺が取る。だから、お前にも手を貸してもらうぞ」
クロイス
「どんなことでも、あなたのご命令の通りに」
クロイス
性根を晒す前に、素直に言えていたら、何か変わっていただろうか。
クロイス
もうこの言葉を、命令なしに口にすることはない。
エーニャ
5分、それとも10分。川べりにへたり込んだまま動けず、どれだけの時間が経っただろう。
エーニャ
心の宣言とは裏腹に、異能の働きは滅茶苦茶だ。四肢の機械が思ったように機能してくれない。
エーニャ
まるであの人の、力強い腕に抱かれているかのように。
エーニャ
やがてその指先は、自分の敏感な部分を探るように身体を弄り始める。
エーニャ
(でも……こんな調子じゃ、戦えないから)
エーニャ
「……ッ!?」 心臓が跳ね、動作が止まる。身体を捻り、音のしたほうへと視線を向ける。
オオトリ
力を解放すれば、この暗い森の中でも足跡をたどることは容易かった。この目と、鼻と、耳とで
オオトリ
困ったような笑顔で、片手を挙げて目の前に現れる
エーニャ
腕は動きを止めている。しかし、その先は自分の服の中へと潜り込んでいる。それに、遅れて気づく。
オオトリ
もちろん、その様子は見えている。しかし、あたかも気にしていないように
オオトリ
「なんというか、悪かったと思う。でも、仲間から逸れるのは危険だと言っただろう?」
エーニャ
慌てて背を向けるように身体を捩ろうとする。しかし、なかなか思うように身体を動かせない。
オオトリ
「こういう場所では、逸れた獲物から狙われる。いや……」
オオトリ
「この世界では、だ」へらっと、軽い笑みを作る
クロイス
――細く白い手がエーニャの後ろから伸びて、その身体に絡みつく。
エーニャ
「ダメ……って」 オオトリが近づくにつれ、その違和感に気づく。しかし、すでに遅かった。
エーニャ
「!?」 背後からの気配に気づけなかったのは、動揺ゆえか。
エーニャ
「ドクター!? あの……これは、どういう……」
クロイス
答えはしない。ただ、細腕が君を押さえつけるだけ。
エーニャ
「まさか、二人とも……この森の力に!?」
エーニャ
「そんな、はず……ないじゃないですか!」
オオトリ
軽薄な笑みの下で、頭を巡らせる。どうすれば、そう見えるか。どうすれば、それらしいか。どうすれば
エーニャ
ギリギリと腕が軋みをあげながら、クロイスの拘束を解こうとする。
エーニャ
しかし、同じ数のコインを持つ救世主の力。しかも自身は本調子ではないとなれば拘束を解くのは容易ではない。
クロイス
暴れるエーニャの押さえつけ方を、自分は知っている。
ただ力任せにしてはかなわない。だから。
オオトリ
その様子を見て、頷きながら更に近づく。もう目の前に
オオトリ
「多分さ、今までが正気じゃなかったんだよ」
オオトリ
「身の丈に合わないことをしようと、もがいていた」
クロイス
対等な人間のつもりをして、あがいていた。
エーニャ
「ありませんッ……オオトリ、目を覚ましてくださいッ!」
オオトリ
さっきまであんな偉そうに言っておいて、いつもあんなに大人ぶって、結局中身はとんでもないクズ――
オオトリ
緩慢な動き、なんのことはない仕草。それでも、お前の肩を掴んだ瞬間、その根本的な腕力を知るだろう
オオトリ
「しかし、力。力って言ったよな、さっき」
エーニャ
肩から伝わる、自分の数倍はあるでろう膂力に体が強張る。
エーニャ
すべてを奪われたあの日の記憶と恐怖が、全身を支配しそうになる。
オオトリ
そんな抵抗にも、変わらず笑みを保つ。本当に小さな相手に対するように
オオトリ
「俺やクロイスを動かすものに、力ならある。だが、それはこの森の力じゃない」
クロイス
私のように、ただでは折れない。
強い子だ。
クロイス
けれど、だからこそ絶望に飲まれないために。私たちは。
オオトリ
「それで――お前こそ知っているだろう?力がなければ何も守れない」
エーニャ
「オオトリ……お願い、負けないで。あなたは、そんな力に頼らなくても……」
オオトリ
「クロイス」手に力を込める。それにあわせて、エーニャを寝かせてやれ、と
クロイス
羽交い絞めにしたまま。
きっと、強く抵抗はできないだろう。
エーニャ
(ダメ……このままじゃ。私が、なんとかしないと!)
クロイス
私と君は同じほどの強さで。
たった今、無防備なまま薬を打ち込まれたのだから。
オオトリ
「”そんな力”に頼るのが、最後には多くの人を助けられる道だ」
クロイス
"そんな力"に屈することが、絶望を避ける道。
オオトリ
「弱者が、出来る力以上に頑張った。精一杯に戦った。何も失敗などしなかった」
オオトリ
「でも、”力及ばず”助けられない人が沢山いた」
オオトリ
「『でも、私たちは頑張ったから仕方ない?』」
オオトリ
「――いいや、お前なら、そうは言わないだろうなぁ」
エーニャ
「……そうです。救えないものなんて、ない」
エーニャ
「本当に、救えなくなっちゃうじゃないですか」
オオトリ
「誰かを救うのに、お前が強くある必要なんてどこにもない」
オオトリ
「”お前が”誰かを助けなければ、お前は満足できないのか?」
オオトリ
「きっと違う。だから、一番いい方法はこうだ」
オオトリ
「もっと何かが出来る強者に、弱者は全部を委ねる」
エーニャ
だから、私がやらなきゃ、いけないと思った。
エーニャ
……それが、誰かに委ねられた想いに過ぎないとも知らずに。
クロイス
戦えるのは君だけじゃない。
救えるのは君だけじゃない。
クロイス
この世界に救世主が招待され続けているのは、何故だ?
エーニャ
「今のあなたたちを救えるのは……私だけなんですッ!」
エーニャ
炎に包まれた刀身は赤く赤熱し、数秒後には周囲を巻き込む大爆発を引き起こすだろう。
エーニャ
「二人とも、ごめんなさい。後で怒ってくれても構いません」
エーニャ
「でも、絶対に……あなたたちを正気に戻してみせます!」
オオトリ
燃える刀身の、その根元。根源であろう機構を握って
オオトリ
熱量も、発生するダメージも。それが高まる前に、全てを手のひら一つで壊し、受け止め切ってみせる
エーニャ
二人は知っている。破壊された武装ですら瞬時に再生してみせるエーニャの能力にも弱点がある。
エーニャ
単純なものだ。触れることができる半径1m程度の範囲に適切な素材がなければ、何も構築することはできない。強力な能力を制限する、多くのルールの一つ。
オオトリ
その手で、落ちた刃を無造作に拾い上げて、放り投げる
エーニャ
押しつぶされた武装の接合部が、外れて落ちる。醜い縫い跡のある、上腕部の断端があらわになる。
クロイス
「獣性ともいえる……暴力ともいえる……力だけ」
クロイス
もう、壊れているみたいだった。
この女の声は。
うっとりとした瞳は。
オオトリ
「お前に頼れるのは、各部に取り付けた機構と……それと今は、仲間がいたな」
オオトリ
「お前にはもう何も出来ない。じゃあ、クロイスに頼ってみるか?」
オオトリ
片手で抑え込み、もう片手でエーニャの頬に触れる。視線を無理矢理向けさせる
エーニャ
「はあッ……はぁッ……」 二人を救うという理想、そして為すすべもない現実。それらに挟まれ、押しつぶされ、パニックに陥ったまま視線を向けられる。
クロイス
エーニャすら見たことのない、艶のある、媚びた笑みだ。
エーニャ
「たす……け、違、助けるのは、私っ……」
オオトリ
「こいつはな、頼んできたんだよ。こうしてくれと」
オオトリ
「そのどこに、お前が助けられる要素がある?」
クロイス
壊される前に、壊してくれと。
頼んだ先は、エーニャではなく彼だ。
オオトリ
「こいつはお前の助けなど必要としていない。お前にはもう、助けられない」
オオトリ
エーニャの胸元に手を差し入れて、一気に下まで衣を引き裂く
クロイス
大丈夫、とは言わない。
痛くない、とも言わない。
すぐ終わるから、とも。
オオトリ
「さあ、泣けよ!こんなことは嫌だ!誰か助けてってさぁ!」
オオトリ
「お前を助けてくれる奴は誰もいなかった!だから、お前が誰かを助ける『しかなかった』!それだけだ!」
エーニャ
泣き叫び、奪われるしかなかった。誰も助けてくれなかった。仲間ですら。
オオトリ
あの日、で終わっては意味がない。だから、手を伸ばす
クロイス
……こんな世界で。
弱い私たちが、何もできないのは当然なんだ。
オオトリ
悲鳴を前にしているとは思えないほどに。打って変わって、努めて優しい声色を作る
エーニャ
嗚咽を上げながら小さな声で虚空に向かって謝罪を続ける。
エーニャ
「ごめんなさい」二人を助けられなくて
「ごめんなさい」故郷の皆を助けられなくて
「ごめんなさい」何もできない小さな女の子で
オオトリ
「お前にだって、出来ることはあるんだから」
オオトリ
手を伸ばす。ここから導く先は、決定的なトコロ
オオトリ
「お前がこれまで得たものは無駄じゃない。そう、お前の人生は無駄じゃなかった」
エーニャ
弱者としての。強者に食われる贄としての。
[ エーニャ ] 破滅的献身性 : 0 → -1
クロイス
川の流れる音に耳を傾けながら。
少女の汚れを拭っている。
エーニャ
息も絶え絶えと言った様子で、身体を成すがままにされる。
クロイス
この行為だって、いつか誰かに強いられたことだろう。
クロイス
それなら、今、彼に奪われて。
彼に頭を下げて。それでいいじゃないか。
オオトリ
すぐ近くで二人からは背を向けている。獣性を用いて敵の位置を探る、と理由をつけて
オオトリ
心はどこまでも軋んでいたけれど、身には驚くほど馴染んでいた
オオトリ
そうでなくてはいけなくて、今、そうであれた
オオトリ
これが演技だとすれば、とんだ役者だ。もう分からない、境界がどこにあるのか
オオトリ
……だが、こんな無様な気持ちを、二人に向けるわけにはいかないんだ
エーニャ
「ん……」 呆然と、壊れた手足を見つめる。
オオトリ
そうすれば全部が無駄になる。俺の存在は、強くあればこそ許されるんだから
クロイス
あなたが甘くて、優しい人だということを知っている。
クロイス
「あなたは、私たちにどんなことも命じることができる」
クロイス
「鬱憤が溜まっているなら、好きなように嬲ってもいいし……」
クロイス
「……心身疲れた時は、私に身体を預けてもいい」
クロイス
何をしてもいいというのは、そういうこと。
オオトリ
「……はっ、はは……」出せたのは、乾いた笑い声
オオトリ
「…………じゃあさ、今、命令したいんだけど」
オオトリ
「俺達しかいない時は、名前――ヒロツグの方で、呼んでくれ」
オオトリ
……そうじゃないと、耐えられない気がした
オオトリ
そんな時でも今まで通りに、オオトリと呼ばれることに
クロイス
エーニャの頬を撫でながら、そのように返事した。
オオトリ
「……」その呼び名の否定は、したくても出来ない
オオトリ
”そう”したのは俺なんだから、何を否定出来るというのか
オオトリ
包帯を取って、巻き直す。己の疵を覆い隠すように
エーニャ
「あ、あの……お嫌、でしたか」 沈黙に対して、不安そうに声をかける
オオトリ
「今までよく頑張ったな。……さ、身支度が整ったら行こう」
エーニャ
こくりと頷いて、壊れた手足をかき集め、直す。
オオトリ
ここで終わっても、エーニャはもうどこにもいかない。そうだろう?