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月花 柘榴
母娘二人で住むには広すぎる家の、誰も使っていなくてなにもない、広い和室。
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月花 柘榴
その部屋の角の壁にもたれかかって、ぼんやりと薄く目を開けて。
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月花 柘榴
あるいはうずくまったりして。
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月花 柘榴
時が過ぎるのを待っていた。
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月花 柘榴
ふらりと立ち上がって、外に出て、吐く。
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月花 柘榴
口からぼたぼたと垂れるものは、黒くて、油みたいにどろりとしている。
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月花 柘榴
それを見て、
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月花 柘榴
気持ち悪くなって、もう一度吐いた。
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月花 柘榴
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月花 柘榴
あれから、一週間。
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月花 柘榴
ずっと家で動けずにいて、学校も休んで、胡桃にも会っていない。
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月花 柘榴
一週間。
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月花 柘榴
これだけ長い間くるみに会わなかったのって、初めてかもしれないな、と思う。
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月花 柘榴
重めの風邪にかかった、みたいなメッセージを送った。
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月花 柘榴
心配する返信がたくさん並んで帰ってきた。
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月花 柘榴
そのひとつひとつを眺めるたびに、涙があふれた。
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月花 柘榴
風邪なんかひいたことがなくて、病気にかかったことすらなくて、だから私を気遣うメッセージは何もかも的外れで。
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月花 柘榴
それが辛かった。
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月花 柘榴
会いたい、会えない。
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月花 柘榴
花占いみたいに、花弁をひとつひとつちぎって散らして、なくなって、最後に答えが決まるならいいのに。
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月花 柘榴
この胸にある花のかたちの霊紋には答えを決める力なんてなくて、どれほど散らしてもいつか元に戻る。
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月花 柘榴
胸に咲く花は、私が人間でないものである証。
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月花 柘榴
私の身体はおかしい。
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月花 柘榴
……あの日からもっと、おかしくなった。
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月花 柘榴
身体はずっとめちゃくちゃで、風が肌に触れるだけでびりびりして、
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月花 柘榴
おなかがずっと気持ち悪くて、指で押すと黒い液体がじわり、漏れ出てくる。
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月花 柘榴
次の日はまともに足を動かすことができなかった。骨盤が壊されて歪められて、いつもよりずっと広がっていた。今は戻ってきたけど、歩くのはけっこう大変だ。
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月花 柘榴
痛覚が変だ。スイッチの切り方を完全に思い出してないのか、痛みを切る機能がまだ戻ってないのか、わからないけど。
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月花 柘榴
体が突然熱をもったりして、それと同時に体の中にまだ何か大きなものが入ってるような感覚がする。
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月花 柘榴
あのとき自分が出してた甘い声のリフレイン。思い出したくないのに。
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月花 柘榴
吐き気。痛み。快楽。
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月花 柘榴
……怖い。
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月花 柘榴
自分の身体が変になっていくのが、
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月花 柘榴
胡桃をこの身体で傷付けてしまわないか、というのが。
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月花 柘榴
会う、会わない、もしも占うのなら、
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月花 柘榴
私の胸の花弁が奇数になることはないから、答えは何回やったってノー。
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月花 柘榴
……花占いをするまでもなく、出ている答え。
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月花 柘榴
けれど何かを求めて、花びらをちぎって祈りたくなって、
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月花 柘榴
そういう気持ちを自覚するたびに、ほんとうに嫌になる。
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月花 柘榴
私には祈る資格なんてない。
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月花 柘榴
何もかもを傷付け、腐らせて、汚してしまう私には。
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月花 柘榴
拒まないでほしいと思うのは間違いだ。
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月花 柘榴
あのときの表情が、反応が、言葉が、間違いだったことを示している。
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月花 柘榴
会いたいとか、寂しいとか、触ってほしいとか、なぐさめてほしいと思うことは、
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月花 柘榴
つらい、苦しい、助けてほしい、幸せになりたい、と思うことすら、
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月花 柘榴
たぶん間違っている。
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月花 柘榴
だから、
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月花 柘榴
ひとりで、
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月花 柘榴
目を閉じて、ただ。
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月花 柘榴
ごめん、と呟く。
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月花 柘榴
まぶたとまぶたがくっついて、どこにもいけなくなった涙が溢れて、雫になって、
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月花 柘榴
今はちゃんと、声は血ではなく、音になる。
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月花 柘榴
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月花 柘榴
──月花柘榴は幸福だろうか?