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それからたまに、少しだけの人の声。
誰かと誰かが話をしている…そんな音。
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そんな時間を繰り返している。
そんな時間がただただ過ぎていく。
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時折、全てを奪われる感覚。
ホテルに力を奪われる『石像』の末路。
つぐみ
自身が『石炭』と称した”それ”と同じになったつぐみは、そんな日々を過ごしている。
つぐみ
暗闇だった筈の世界が、不意にスポットライトで照らされる。
つぐみ
「心の疵の力の絞り方でも変えようというつもり?
随分と演出家なのね、ホテルのくせに」
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悪態をつくつぐみの前に、めくり台を抱えたブリキの兵隊が現れて。
つぐみ
「こんなものに答えたって、
どのみち聞く相手も居ないもの」
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つぐみがそう言えば、ブリキの兵隊は一礼をして紙をめくりだす。
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『1.自分の末裔のいいところ5つ教えて!』
つぐみ
「柔らかくて、温かくて、放っておいたら眠たそうにしているところ」
つぐみ
「1人になっても、投げ出さずに歩けたところ」
つぐみ
「裁判での相性だけで言ったら、108号室」
つぐみ
「…でも、全体を通してみたら104号室が1番嫌ね」
つぐみ
「あれは、どちらも枠の外だもの。
出来るだけ関わりたくもないわ」
つぐみ
「残れるのなら、残っていたでしょうけれど」
つぐみ
「もう、元の世界に帰るのには遅すぎるもの」
つぐみ
「一言で言うんだったら、そうなるんじゃない?」
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『5.末裔との出会いと初対面の印象を教えて!』
つぐみ
「でも、それでも違うって思ったわ。
何もかもが」
つぐみ
「出会った経緯はいいでしょう?
語りたくないわ」
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『7.今の末裔以外にペアになるならどの末裔?』
つぐみ
「あれなら、私が相手でも割り切った付き合い方をするでしょう」
つぐみ
「同じ理由でスバルも良いかもしれないわね」
つぐみ
「彼もきっと割り切れる。
領分をわきまえて、務めを果たせる」
つぐみ
「面倒くさいから嫌。
いちいち婉曲的なのよ」
つぐみ
「…私を相手に同じことを言えたなら、面白いから配下にしたかもしれないわね」
つぐみ
「割り切った付き合いは出来るだろうけれど、きっとお互いに求めていないわ」
つぐみ
「向こうから願い下げなんじゃない?
私は彼女たちが嫌う救世主そのものよ」
つぐみ
「アルビーよりまともな会話が出来る気がしないもの」
つぐみ
「……どのみち、私が配下を持つだなんてキュー以外はなかったし意味のない話」
つぐみ
「特別裕福でもなければ、極端に貧乏というわけでもない」
つぐみ
「学費が心配だから、進学先を考えなくちゃいけないくらいの…そんな家」
つぐみ
「しょっちゅう無駄遣いをして。買った食材も食べきらずに余らせていつも捨てて」
つぐみ
「それで、”うちはお金がないからつぐみには将来いっぱい稼いで家にお金を入れてくれるのを期待してるよ”だなんて…そんなことを言うような家」
つぐみ
「私とことりが生まれた時に、母は窓辺の病床に居て」
つぐみ
「そこに、つぐみと何かの小鳥が留まっていたらしいわ」
つぐみ
「私の方がお姉ちゃんだから名前のわかるつぐみの名前を貰って、ことりは小鳥になった」
つぐみ
「邪魔な亡者や、身の程知らずにやってくる救世主を殺しながら堕落の国を巡っていたわ」
つぐみ
「聖遺物だとか、不思議の力の残滓だとか。そういったものを調べたり集めたりしていたの」
つぐみ
「私のやり方じゃ力が伸び悩んでいたから。
もう、先はないと理解ってしまっていたから」
つぐみ
「父と母と双子の妹のことりの4人家族。
祖父も祖母も別の家に住んでいたわ」
つぐみ
「私とお揃いがいいってことりがせがむから、買ってあげたわ」
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『13.ホテルの他の救世主についてどう思う?』
つぐみ
「さっきと似たような質問ね。
これも全員分答えなくちゃいけないんでしょう?どうせ」
つぐみ
「あとは…そうね。今回の組み合わせの中で1番アリスに近いんじゃないかしら」
つぐみ
「物語や創作の中での勇者は心が躍るものだけれど…」
つぐみ
「実際に存在していると、哀れで仕方がないって思うわ」
つぐみ
「嫌いじゃないけれど、食べ物の好みが私とは相容れないわね」
つぐみ
「否定はしないけれど、食事は一緒に取りたくないわ」
つぐみ
「虫の足を千切ったり、アリの巣に水を入れたり、ハムスターを高いところに置いて怯えるさまを楽しんだり」
つぐみ
「そういう残酷さを、残酷だと知らないままに楽しんでいる子供」
つぐみ
「自分と他があまりにも違いすぎるから、屈んで、目線を合わせて、声色まで変えて関わろうとする異端者」
つぐみ
「1番分かり合えないし、1番分かり合える相手よ。きっと」
つぐみ
「あまりにも正反対すぎて、環境が違ったらお互いに自分がそうなり得たかもしれない相手」
つぐみ
「でも、それ以外は嫌いじゃないわ。
わかりやすいし、見ていて面白いもの」
つぐみ
「何故私がキューの秘密を教えなくてはいけないのかしら?」
つぐみ
「それが、たまに伝染りそうになって困るわ」
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『18.今の末裔といてよかったなと思ったこと』
つぐみ
「寒い時には寄せたりもしていたから、暖かで居る時間も増えた」
つぐみ
「貴方たちが『赤い招待状』で呼びつけたんでしょう?”気がついたらいつの間にか”よ」
つぐみ
「石になった今の私じゃ無理でしょうけれど」
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『22.末裔が救世主だったとしても一緒にいたと思う?』
つぐみ
「キューが1人でも生きられたなら、配下にする意味もないもの」
つぐみ
「あの子が救世主でも1人じゃ生きられないっていうんだったら、話は別だけれど」
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『23.ホテルの他の救世主よりも優れていると思ってることは?』
つぐみ
「強いて言うのなら、想像力と心の疵の扱い方かしらね」
つぐみ
「元の世界に居た頃の私は、漫画を読んだりゲームだとかをしなかったわけじゃないのよ」
つぐみ
「何度か戦って理解ったけれど、そういった文化に触れている者は心の疵の力…異能の扱い方が上手い。
これは明確に優れている点ね」
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『24.末裔には適わないなと思っていることは?』
つぐみ
「庇護欲をかきたてるところ。
舐められやすさ」
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『25.末裔のかわいいなって思ったところは?』
つぐみ
「…減るものじゃないから、答えてあげるわよ」
つぐみ
「寝ぼけて抱きついてきたくせに、目が覚めると慌てて飛び退くところ」
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『26.聞かれたら困る質問はどんなもの?』
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『27.末裔が他の救世主と組むことになったらどう思う?』
つぐみ
「…堕落の国は末裔1人で生きるにはあまりにも過酷だもの」
つぐみ
「ミムジィみたいな救世主に拾われたなら良いわね」
つぐみ
「彼女みたいな救世主なら、拾った上で世話をするか安全な場所に届けて解放をしてくれるでしょう」
つぐみ
「強いて言うのなら、亡者麦かしら。
手に入れるのが容易だもの」
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『29.末裔にやめてほしいと思っていることは?』
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『30.末裔に影響されたな、と思うことは?』
つぐみ
「誰かと一緒に過ごしたりするようになったのは、間違いなくピィとキューの影響ね」
つぐみ
「それまではそんなことをしようだなんて一切も考えていなかったから」
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『31.末裔の面倒くさいなと思うところは?』
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『32.相手と自分が親子になるなら、どっちが子供がいい?』
つぐみ
「よくわからない質問だけれど、私とキューだったら私が親になる方が相応しいんじゃない?」
つぐみ
「あの子に子供としての世話をされようだなんて思えないわ」
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『33.末裔の身体で一番好きなところは?』
つぐみ
「きれいな色のオッドアイ。
あの子達と出会って見たのが初めてだから、とても印象に残ってる」
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『34.末裔と救世主、立場を変えられるとしたら変わる?』
つぐみ
「あの子がそっくりそのまま私の力を得たとして、上手く扱えるとは思えないもの」
つぐみ
「……それに、今変わったらあの子は石になるでしょう?これを押し付けるつもりはないわ」
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『35.あなたの末裔を殺して堕落の国が救われるとしたら殺す?』
つぐみ
「それをして、救おうと思うほどに私は堕落の国を愛していない。価値も感じていない」
つぐみ
「”たかが末裔1人の命、どうか犠牲にして私達を救って下さい”だなんて頼まれたって、救ってなんかあげないわ」
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『36.末裔と別れる前にしておきたいことはある?』
つぐみ
「それ以外の”でも”も、”たら”も意味がない」
つぐみ
「別に、そうなった時に特段の希望はないけれど…」
つぐみ
「あの子が望むのなら、それも良いかもしれないわね」
つぐみ
「逆に、隠し事のない関係だなんてあるのかしら?」
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『39.自分が裁判で先に倒れたら、末裔には頑張って欲しい?』
つぐみ
「生きながらえるために1番最適な行動を取ればそれで良い、そう教えたけれど」
つぐみ
「…命令も聞かないで、頑張ろうとしていたわね」
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『40.自分が帰った後の末裔はどうなると思う?』
つぐみ
「『赤い招待状』っていうものはろくでもないわね。どう転んでも、その結果になったんだもの」
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『41.末裔と連携は上手くとれていると思う?』
つぐみ
「裁判はまだまだね。
あの子には逃げ回る方法ばかりを教えていたから」
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『42.末裔の生まれ故郷についてどれだけ知っている?』
つぐみ
「ええ、暫く過ごしていたから当然のように知っているわ」
つぐみ
「堕落の国の森の中、まだ不思議の力の残滓が色濃く残る眠り鼠の集落が生まれ故郷」
つぐみ
「生半可な救世主や亡者は足を踏み入れただけで眠ってしまうような、そんなところ。
そこに、あの子はピィと一緒に暮らしていた」
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『43.コインの数が平等なら末裔は自分に勝てると思う?』
つぐみ
「例え実力が同じになったって、あの子が私に勝つイメージを持てるとは思えない」
つぐみ
「コインの力を持つ者同士の戦いは、心と心の戦いになる。
その戦いだったら、私は負けない」
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『44.末裔の生い立ちを教えてもらったことはある?』
つぐみ
「キューのことが好きみたいで、随分と。一生懸命に。楽しそうに」
つぐみ
「…キューはピィが私を選んだと思っているけれど、それでもピィに1番近い存在なのは貴女だって伝えておけば良かったわね」
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『45.末裔の死ぬところは見ていたい? それとも見たくない?』
つぐみ
「もしも、私の目の前でその時が訪れたなら見届けるわ」
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『46.本当は末裔のことをもっと知りたいと思う?』
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『47.本当は末裔ともっと親しくなりたいと思う?』
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『48.末裔に自分が帰るのを止められたらどうする?』
つぐみ
「言ったでしょう?
今更戻るにはもう遅いって」
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『49.自分がこの世界に来なかったことにできるならどうする?』
つぐみ
「そうしたら、キューもピィも2人で今でも過ごしていたでしょう?」
つぐみ
「…けれど、もしもあの子が。
ことりもこの世界に来ていたなら…」
つぐみ
「あの子にも、いくらかの気持ちを向けていたかもしれない」
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最後にもう1枚。51枚目のQuestion。
つぐみ
「痛みを負おうとも、それに負けないでいられること」
つぐみ
「全部を飲み込んだあとに、納得が出来ること」
つぐみ
「それが成されたなら、それが救いとなるんじゃないかしら?」
つぐみ
「誰かに与えてもらうのを期待するだけのものは、私にとって救いではないわね」
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その答えを聞くと、ブリキの兵隊はおくり台へと布を被せて。
***
つぐみを照らしていたスポットライトも一つ一つ消えていく。
***
石像になったつぐみの世界。
その場所が再び暗闇に戻っていく。
***
そうして不意に訪れた不可思議な時間は終わりを告げる。
***
そうして、また暗闇と旋律の中で心の疵の力を奪われる日々が帰ってくる。
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問われることのなかった52問目のQuestion。
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ミュージックルームには今日も少女の石像が楽器に囲まれながら眠っている。
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その顔は安らかで穏やかで。
ちっとも苦しそうなんかじゃない。
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それはキューという末裔の温もりがもたらしたもの。
つぐみという少女に、彼女が与えてくれたもの。
***
─その顔だけを見たならば、52問目の答えは。