Dead or AliCe
『16人の救世主』
メイド6
メイド6
オールドメイドゲーム。
メイド6
刺剣の館で繰り広げられてきたこの儀式も、最後の段階に差し掛かろうとしていた。
メイド6
16人もいた救世主は、残り4人へ。
メイド6
8人いたメイドは、残り2人へ。
メイド6
残り。
メイド6
ここに今いる者はすべて、生き残っている。
メイド6
そしてそれらも、これから始まるお茶会、そして裁判で、また半分へと数を減らす。 [編集済]
メイド6
6号室のメイドは救世主ティモフェイの身だしなみを整えていた。
ティモフェイ
雪が降っている。
ティモフェイ
同じ顔の救世主と同じように、ティモフェイの頭の上にも、雪が。
ティモフェイ
椅子に腰かけ、鏡台に向き合う救世主の後ろ、メイドの手元をもその雪は凍えさせる。
メイド6
吐く息が白く見えると、そうした息づかいもまた、数える限りだと思わせられる。
メイド6
死のうとも生きようとも、終わりが間近なのは変わりない。
ティモフェイ
その終わりを間近に、背筋を正して前を向く。
ティモフェイ
「きみには」
ティモフェイ
「特別面倒をかけ通しだったように、思う」
ティモフェイ
ぽつりと。
メイド6
「あなたがたの雪のお陰で、私はこの部屋の世話にヒマすることがありませんでしたよ」
ティモフェイ
述懐の間にも、白い息。
ティモフェイ
「だろうな」
ティモフェイ
「すまなかったな」
ティモフェイ
「手間のかかる客だったろう」
メイド6
「重ね重ね申し上げているとおり」
メイド6
「それは私にとって喜ばしきこと」
メイド6
「仰るとおりに手間のかかる客でございました」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
見事な肯定に思わず押し黙る。
メイド6
香油を取り、ティモフェイの髪に馴染ませる。
ティモフェイ
指通りのよい、眩い金髪。
メイド6
その美しい髪色は金糸のような艶を帯び、櫛を滑らかに受け入れる。
ティモフェイ
「……困ることも、あったろう」
ティモフェイ
全てをメイドに任せながら、救世主は口だけを動かす。
メイド6
「そうですねえ」
メイド6
「一番困らされたのは、いかにしてあなた様をくつろがせるかということですが」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「トイトロールの機嫌を取ることではなく?」
メイド6
「本当にそう思ってお尋ねで?」
ティモフェイ
また黙り込んだ。
メイド6
それはもう散々話したでしょう、とでも言いたげに、ため息をついて。
ティモフェイ
「……押しつけて、しまっていたのは」
ティモフェイ
「そちらだったから」
ティモフェイ
「俺は、そもそも、……なんというか」
ティモフェイ
「長居をするつもりもなければ、くつろぐ必要も……」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「……わかっておりますよ」
ティモフェイ
「……すまない」
メイド6
「心の疵とは厄介なものだと、救世主を見ていればわかります」
メイド6
「疵は力にして枷。そうしたい、そうしてしまう、ということは、そうあらなければいられないのと相違ないこと」
メイド6
「謝る必要はございません」
ティモフェイ
「……とはいえ」
ティモフェイ
「不誠実だし、きみにとっては不本意だろう」
メイド6
「ああ、いや……一番困らされているのは、困っているのは」
ティモフェイ
「このような、勝ち上がるにも捨て鉢の……」
ティモフェイ
ぼそぼそと抗弁のように言葉を吐く最中に、違和感を覚えて口が止まる。
メイド6
「私はあなたに一つも不満などないということですよ」
メイド6
「どんな引け目も、無用のこと」
メイド6
「それでも、そうですね……」
メイド6
「小さな子供に言うように、何度でも申し上げましょう」
メイド6
「別に構いませんよ」
メイド6
笑いながら言う。
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
いっそ朗らかですらあるその口ぶりに、逆に居心地の悪さを覚えた。
ティモフェイ
丸まりかけた背をしかしすぐに伸ばして、
ティモフェイ
雪が降る。
ティモフェイ
「きみは」
ティモフェイ
「末裔であるところの、きみは」
ティモフェイ
「……救済というものを、どのように考える」
メイド6
鏡越しに眼を真っ直ぐ見て、瞬く。
メイド6
「二つ、意味合いがございます」
メイド6
「ことこの館には、特別な条理が働いています」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「この館においては、死に特別な意味がある」
メイド6
「私はそれを信じております」
ティモフェイ
青い瞳が、鏡越しにメイドを見返す。
メイド6
「一方で」
メイド6
「私は二週間ほど……いえ、もう三週間ほど前になりますか」
メイド6
「三週間前にこの館へやってくるまでは、ただのしがない村娘でありました」
メイド6
「白兎の末裔は救世主に仕えるものとして、ある種本能づけられているところはございますが」
ティモフェイ
「……ああ」この国に堕ちて一年、それはよく知っている。
メイド6
「それはそれとして、人並みに働くばかりの、日常の束の間に楽しみを見いだすばかりの娘でございましたので」
メイド6
「当然この世界の困難さを、よく存じ上げております」
メイド6
「そんな私にとっての救済は一つ、ただただシンプルなこと」
メイド6
「豊かさでございます」
ティモフェイ
「……豊かさ」
メイド6
「暖を取ること。ご飯があること。ベッドがふかふかなこと」
ティモフェイ
その全てを、自分が拒んできたことを思う。
メイド6
「限られた食事のために、売りに出されたりしないこと」
メイド6
「疾患で倒れても、手当される余地なく、ただ死にゆくのを看取ることしかできないような、そんなことがないような状態」
ティモフェイ
「……豊かでさえあれば」
ティモフェイ
「そのような苦しみから、解放される」
メイド6
「私はしがない村娘でございましたから、そうした身近な苦しみしかわかりません故」
ティモフェイ
「いいや」
ティモフェイ
「そういうことが、知りたかった」
ティモフェイ
「俺は結局、この世界でも」
ティモフェイ
「救世主として祀り上げられる特権存在だ」
ティモフェイ
「言葉を選ばず言うと――卑近な苦しみへの、実感がない」
ティモフェイ
「救済を求める人々の、ほんとうの心根を、俺は知らずに生きてきている」
メイド6
微笑みを返す。頷かず、否まず。
ティモフェイ
「……俺が戦うのは、トイトロールを救うためだ」
ティモフェイ
「きみたちの」
ティモフェイ
「きみたちを」
ティモフェイ
「末裔を、苦しみから掬い上げることができたならと」
ティモフェイ
「それはもちろん、願うことではあるが、戦う理由にはなっていない」
ティモフェイ
それが理由であるならば、
ティモフェイ
自分は人々を弄んでは凍てつかせてきたトイトロールを、弾劾しなければならないのだから。
メイド6
「本当に、真面目な方ですよね」
ティモフェイ
「?」
ティモフェイ
ぱち、と
ティモフェイ
空色の目を瞬き。
メイド6
「救世主のことはよく知っています」
メイド6
「基本的に、救世主なんてのは、そこまで救世なんか考えておりませんよ」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
メイドの言うことは、正しい。
ティモフェイ
この世界に堕ちてから、『救世主』であることに向き合う救世主に出会ったことがどれほどあったか。
メイド6
「私たち末裔からすれば、そんなこと、気に病む必要ないのでは、と思います、が――」
メイド6
言葉をしばらく切り、宙を眺める。
ティモフェイ
裁きを待つのに近い心持ちで黙り込んでいる。
メイド6
「そうですね……例えばパン屋さんは、日銭のためにパンを焼くわけでございますが」
メイド6
「そのお陰で私どもはご飯にありつけるわけでして」
メイド6
「心まで求める方が、罪なことではありませんか?」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
ついでで救ってくださるならば、それで結構。
ティモフェイ
「……理解は」
ティモフェイ
「しているつもりだ」
ティモフェイ
「そも、堕落の国の民たちは」
ティモフェイ
「この世界を救うのが俺でなくとも構わないし」
ティモフェイ
「それがどんな動機であっても、気にはしないだろう」
メイド6
頷く。
ティモフェイ
「『救われた』という結果さえあれば、それで満足」
ティモフェイ
「だから」
ティモフェイ
「これは、俺の、……」
ティモフェイ
「俺とトイトロールの問題になる」
ティモフェイ
「トイトロールは俺に『世界を救う』ことを望み」
ティモフェイ
「俺はそれに応えることで、トイトロールを救わんとしている」
ティモフェイ
その中に介在するもはやどうしようもない歪みからは目を逸らしながら、
ティモフェイ
「だからこそ、俺は」
ティモフェイ
「末裔のためではなく」
ティモフェイ
「ただトイトロールの望みのためだけに」
ティモフェイ
「末裔の望み、願う、『この世界への救い』について、考えなければならない」
メイド6
「まことに、ありがたきことでございます」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
それを肯定されることが、
ティモフェイ
これほどまでに、
ティモフェイ
心苦しい。
ティモフェイ
「……飢え、腐敗、苦しみ、亡者、決闘による死。世界の歪さを、不幸の連鎖を断ち」
ティモフェイ
「奇跡の力で、全ての人を『救済』する」
ティモフェイ
「これで、願いは足りると思うか?」
ティモフェイ
「それとも、望みすぎか?」
ティモフェイ
「『奇跡』は――どこまで叶える?」
ティモフェイ
「何を、どこまで、叶えられる?」
メイド6
「想像の及ぶ限りは可能だと、知識だけはございます」
メイド6
「おそらくは望みすぎということはないでしょう」
ティモフェイ
「まだ」
ティモフェイ
「余地は、あるか」
ティモフェイ
考え込む。
メイド6
「あとは、ああ、そうですね」
ティモフェイ
「?」
ティモフェイ
視線を上げ。
メイド6
「私は青空というものに興味がございます」
ティモフェイ
空と同じ色の瞳を、まるくまたたく。
メイド6
「青という色は、この世界には希有な色」
メイド6
「そんな色で染まる空など、本当にありうるのか」
メイド6
「私には信じがたいもののように思えて」
ティモフェイ
「青空」
ティモフェイ
「……ああ、そうだ」
ティモフェイ
「暖かくないと、だめだな」
ティモフェイ
「それは当たり前で」
ティモフェイ
「……花が、咲いて」
ティモフェイ
「草木が芽吹いて、作物が――」
ティモフェイ
「海だって……」
ティモフェイ
ぶつぶつと考え込んでいる。
メイド6
「それはまさしく救済と言えるのではないでしょうか」
ティモフェイ
「……叶うか?」
ティモフェイ
「ひとつの奇跡で、これら全てが」
メイド6
「ええ、きっと叶います」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「それが、あなたにとっての救済の形だとするならば」
メイド6
「あなたが世界の救済を望めば、世界は救われるでしょう」
メイド6
「再び満たされた世界は、きっと救世主を招くことはなくなる」
メイド6
「この儀式も、これで最後かもしれませんね」
ティモフェイ
「……それを」
ティモフェイ
「寂しいと、思うか?」
メイド6
「いいえ」
メイド6
「あるいは」
メイド6
「その寂しさこそ、私の願いかもしれません」
ティモフェイ
仮面越しの表情を見透かそうとするかのように、メイドの顔を見つめる。
メイド6
「オールドメイドゲーム」
メイド6
「カードゲームに由来するこの儀式は、唯一一人が残る」
メイド6
「あなた方が勝利をすれば、この館に残されるのは私」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「次なる儀式の発動を待ち続ける」
メイド6
「私が最後のメイドであるというのは、それは喜ばしきこと」
ティモフェイ
「……二度と発動しないかもしれない儀式を」
ティモフェイ
「ずっと、一人で?」
ティモフェイ
「それが、……」
ティモフェイ
それが望みであると、言うのか。
メイド6
微笑み、頷く。
メイド6
「……大変な目に遭われてきた救世主様に、こんなことを申し上げるのは差し出がましいことかもしれませんが」
メイド6
「私は……いえ、おそらくはこの館に来た全てのメイドは、おおよそ大変な人生を歩んできたはず」
ティモフェイ
頷く。
メイド6
「村で一人、生贄のように差し出されたに等しいのですから」
メイド6
「しかしながら……いざこの地にきてみれば、それはそれは幸せな時間ばかりでございました」
ティモフェイ
ただでさえ厳しい世界に生きる、力なき末裔の、さらに儀式へと差し出された生贄。
ティモフェイ
生贄なのだ。この娘も。
メイド6
「誰が来るともわからない部屋を綺麗に整え、待ち続ける時間」
ティモフェイ
そして、
メイド6
「この時間が永遠に続いてもよいとさえ思った」
ティモフェイ
迎え入れられた先で、一時の幸福を享受して。
ティモフェイ
その最後には?
ティモフェイ
「……もう」
ティモフェイ
「世話をする相手も、いなくなるかもしれないが」
ティモフェイ
かもしれない、ではない。
ティモフェイ
自分たちはそれを目指す。
メイド6
「構いません」
メイド6
「無限とも言える時間を、祈るように過ごすこと」
メイド6
「そこには、喜びしかございません」
メイド6
そこに抱く寂しささえ、それは同じ事。
メイド6
ここでは死と救済が結びつくように。
メイド6
「ティモフェイ様には、きっと共感できないことかと存じます」
メイド6
「あるいは憐れにも思うかも知れません」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「それでも、そうなのでございます」
ティモフェイ
いくらでも。
ティモフェイ
いくらでも、彼女にかけてやりたいと思う言葉は、頭を巡っている。
ティモフェイ
けれどそれを自分が口にすることではない。
ティモフェイ
その永遠を、
ティモフェイ
孤独を、
ティモフェイ
寂しさを、
ティモフェイ
もたらすのは他ならぬ自分の目指す勝利だ。
ティモフェイ
さもあらば、彼女の言葉に、
ティモフェイ
その信仰に異論を唱えることは、できなかった。
メイド6
梳り終え、後ろで一つに括る。
メイド6
鏡台に向かっての身だしなみの世話は、同じ方向を向いて行われ、
メイド6
一枚の鏡越しに会話をする。
ティモフェイ
真実の鏡ではなく、鏡に映る彼女と。
メイド6
その一枚の鏡分の断絶が、救世主と末裔の間にはある。
メイド6
しかしそれを、メイドは厭わない。
メイド6
救世主の心の疵を舐めるのは救世主であるべきで、
メイド6
末裔はただ、末裔なのだから。
メイド6
「できました」
メイド6
「『救世主』らしいお姿ですよ、ティモフェイ様」
メイド6
ささやかに笑いながら言った。
ティモフェイ
その言葉に鏡を見つめ、
ティモフェイ
背後のメイドではなく、自らの、自分自身のよく知る顔へと視線を移し。
ティモフェイ
「……ああ」
ティモフェイ
「ありがとう」
ティモフェイ
はにかむように微笑んだ。