幕間 Room No.5-決戦前夜
シャルル
既に参加者でない2人にとっても、その日は。
シャルル
穏やかに過ごせる、最後の夜になるかもしれない。
シャルル
明日の試合が開始されれば、この部屋にふたりきり。
シャルル
食後の紅茶をいれる。
今日は、昨日より上手く入れられている気がする。
アレクシア
シャルルの淹れる紅茶を、結局、毎日飲んでいる。
アレクシア
けれど確かに積み重ねたその日々に、ずっと。
シャルル
「なんか、紅茶いれるの楽しくなってきてさ。けっこう味も香りも変わるし。」
シャルル
「随分と、長いこと一緒にいる気もする。」
アレクシア
言いながら、しかし、かすかに微笑んでいる。
アレクシア
「……どうしてか、……こころは、静か」
アレクシア
シャルルの笑みに、わずかに目を細める。
アレクシア
最初の日。こんなふうに互いを近しく感じるようになるなんて、思ってもいなかった。
シャルル
「そうか……?あんまり、考えてなかったけど。」
シャルル
少しぼやけた視界にも、慣れてきたからだろうか。
アレクシア
「……そう、思う。……そう、感じるの」
シャルル
「ああ。だって……アンタと一緒にいたいと思わなかったら。」
シャルル
「…………最後まで、なんて考えなかった。」
シャルル
「紅茶だって、いれてなかっただろうしな。」
アレクシア
「一緒にいたいと思ってくれて、ありがとう」
アレクシア
逸らされた目の。その下の頬が、常よりも赤くなっているのを見て。
アレクシア
「ほんとうに、……ありがとうって、……嬉しいって思ってるの」
シャルル
なんだろう。やはり少し、怖い気も、する。
シャルル
少し、落ち着かせるように呼吸を深くして。
アレクシア
少しだけ、寂しいような、切ないような、そんな表情。
アレクシア
「…………いいよ」 小さく、繰り返す。
シャルル
「温室で、言われたこと。ずっと……嬉しくて。」
シャルル
「でも、あの……トイトロールが、言った。救済ってやつで……」
アレクシア
「また、自分が?……それとも、違うものが?」
シャルル
「……変だよな。あるかどうかも、いや……ない可能性の方が、高いのに。」
アレクシア
「あったらどうしようって、……きっとそう、思ってしまう」
シャルル
「閉ざされていて。安全で。何でもあって。ふたりきりだ。」
シャルル
「俺には力(コイン)もないし、行くところも、自分がどうやってここに来たのかもわからない。」
シャルル
「ゲームのように盤面を見ることは出来ないし。『シャルル』が誰に、何をしてきたかも……わからない。」
アレクシア
「シャルル以上に、力なんてない。行くところも、……自分がどうやってここに来たのかも、『アレクシア』のことも、わからない」
アレクシア
「……わたしのこと、考えすぎなくても、いいのよ」
シャルル
「違う……違うんだ……俺が、怖いのは……」
シャルル
「……死なせてしまうかもしれない。奪われるかもしれない。」
シャルル
「傷つけるかもしれない。心も、身体も。」
シャルル
「俺より、優しくて、頼りになって、強い奴は……たくさん、いるし。」
アレクシア
「頼りなくて、心配かけてばかりで、……何もしてあげられなくて」
アレクシア
「シャルルには、……外でなら、もっと素敵な人が、たくさんいて」
アレクシア
「だから、外に出たら……わたしのほうが……シャルルにとって、いらなくなってしまうかもしれないけど」
アレクシア
「……今。わたしがあなたと一緒にいるのは、……あなたしかいないからじゃなくて」
アレクシア
「あなたが、あの日、部屋の外に、わたしを探しに来てくれたから」
アレクシア
「……そうじゃなかったら、……同じ部屋の中にいても、一緒には、きっといなかった」
アレクシア
「一緒にいようって、……そうは、思えなかったから」
アレクシア
「……ちゃんと、そばに、いたいの。……」
アレクシア
「わたしも、あなたを一人にしたくないって、……言ったでしょ?」
シャルル
「俺を置いていったりしないってこと、くらい。」
シャルル
「わかってるんだ……それでも。だから……よく、わからなくて。」
シャルル
「…………しっかりしようって、思ってたのに。」
シャルル
「不安にさせちゃいけないって……俺が。」
アレクシア
「……絶対不安にならないひとなんて、きっといないから」
アレクシア
それから、少し、引き寄せるようにして。
アレクシア
「……ずっと、シャルルに助けてもらってた」
シャルル
髪を撫でる指先は優しく、背を抱きしめる身体は温かい。
アレクシア
アレクシアにはわからない。シャルルが、本当に求めていること。
アレクシア
ただ、ここにいるということだけを。抱きしめる腕で、髪を撫でる手で、伝える。
アレクシア
それから、抱きしめる腕が、わずかに強まり。
アレクシア
「……、……いやだから、泣いたわけじゃ、ないよ」
アレクシア
アレクシアの手もまた、シャルルの背に回る。
シャルル
「なってしまったんだろう……ただ、こんなつもりじゃ。」
シャルル
「ずっと……アンタの方が。綺麗だった。」
シャルル
その行き着く先は、誰かにとっては
慈しみで。
諦観で。
妄信で。
過ちで。
心中で。
シャルル
「……何も、ない?もう、ないなら……いいんだけど。」
アレクシア
「……嬉しい。……嬉しいよ、シャルル」
アレクシア
「…………どうしたの」 かすかに、笑う。
シャルル
そのままくるりと回る。ダンスでもするように。
アレクシア
「きっと、シャルルじゃなきゃだめだった」
アレクシア
一緒にいる。そう、何度も、何度も確かめあって。
シャルル
恋焦がれるとは、こういう感情なのかもしれない。
シャルル
他を認め。情を持ち。恐怖を得。
己の弱さを突き付けられて。
愛を知り。恋に苦しみ。
アレクシア
目覚めてからこれまでの、ほんの短い間に。
アレクシア
目の前を通り過ぎていったもの。そして、今ここにあるもの。
アレクシア
愛していると、そう言ってくれる、その腕に抱かれて。
シャルル
「最後まで、一緒だ。ずっと……ずっと。」
シャルル
軽い身体をかろがろと、持ち上げて。
慣れ親しんだベッドへと。
シャルル
横たえたしなやかな肢体と、零れる金の髪。
シャルル
その横に、足をかけて。
覆いかぶさるように。