幕間 Room No.5&トイ
シャルル
室内にはふたり、空になったカップがテーブルの上にふたつ。
アレクシア
深く息を吸って、吐く。それから立ち上がる。
トイ
トイトロールの後ろを歩けば彼の上に常に降るもの、冷たい雪風が。
シャルル
振り続ける雪の軌跡を見失う事はないだろう、それでも。
トイ
かつては他の救世主。それに客室付きのメイドたち、それらで人の気配がしたこの館も
トイ
シャルルとアレクシアに、対のドアを開くように命ずる。
アレクシア
その重さに、一瞬、傷の引き攣れる痛み。
トイ
絵画や彫像に飾られた美麗な部屋。窓に柱をわけて中庭が覗く。
トイ
「これからお前らにはオレの身繕いをしてもらう」
トイ
「それはもちろん、オレたちが優勝するようにだよ!」
シャルル
その様子を、黙って見ている。
腕組をして。
アレクシア
あの日の台所で、思うよりも遥かに滑らかに動いた手。指先。
アレクシア
糸目を見ながら、仮置。位置が決まれば針で止める。
アレクシア
躊躇いのない手つきで裁断されていく布。
トイ
アレクシアの手つきに興味を惹かれ、身を乗り出して眺める。
アレクシア
しゃきん、とキレの良い、布の断ち切れていく音。
アレクシア
パーツに分かたれた布に、縫い代をつける。
シャルル
アレクシアの手つき。
目の前で行われている工程に覚えはなくとも、その動きが精確であることはわかる。
アレクシア
そうして、縫われる前のパーツが積み重ねられて。
トイ
アレクシアが椅子に座ると、顔をあげシャルルの方を見る。
アレクシア
その声に、トイトロールとシャルルを視界に収める。
トイ
陽のささない窓辺にかざられた、花束をにぎる。
トイ
「何か得になることをすると、こういう風に…」
シャルル
温室にしかなかったそれも、どこかには、残っているのだろう。
シャルル
組んでいた腕を解いて、トイの周囲を軽く回り。
ひょいと、上から見るように。
トイ
いかにも気分良さそうに、ふんぞり返って花を授ける。
シャルル
恭しく受け取った花束を抱えて、周囲を見る。
シャルル
サーブ用のワゴンカートを見つけると、そこに花束を広げて。
シャルル
「アンタに似合うように、選ぶよ。全部は入りきらないからさ。」
シャルル
そう、考えながらひとつひとつ、選んでいたのだけれど。
シャルル
モニターの向こうに見た、白い雪と。
虹色に輝く剣と、氷の剣。
シャルル
不思議とその手は、鮮やかな虹を編んでいる。
アレクシア
「一度、こちらへ。……縫う前に、すこし……調整、するから」
アレクシア
「一度、コート、脱いでもらって、……」
アレクシア
「針、ついてるから、気をつけて。動かないで」
トイ
アレクシアの申しつけ通り、おとなしくうごかない。
アレクシア
身ごろの幅。袖丈。丈。布を当てながら、測る手つきは淀みない。
アレクシア
「……身ごろは少し詰めたほうがいいかな……」
アレクシア
「……どのくらい、体格のシルエット、出したいですか」
アレクシア
「……ん。じゃあ、……詰めるのは、少しだけ」
トイ
「でも肌にぴったりしてると若干安心すんだよなー」
アレクシア
「……守られている感じがする、から?」
アレクシア
「……触れることが、あなたにとっては……何か、特別、なの?」
トイ
「つるつるしたの触ってる時とか、でこぼこしたの触ってる時とかなんかたのしいし」
トイ
「布だってすべすべしてたら触るの面白くねえ?」
トイ
男の頭はあまり………めいりょうでは ない …
アレクシア
「……触れて、安心するのは、……どんなもの?」
トイ
1回戦の裁判のさなかで、昏倒したアレクシアを抱きかかえた事を思い出した。
シャルル
『意識がなければ』その言葉に。
ふと、手が止まって。
トイ
…… 少しの間があって、こくりとうなずいた。
シャルル
『俺の相方はそこの彼女を鞭打ちにしたが』
アレクシア
尋ねながら、測り終えた布を外していく。
トイ
「…安心と恐怖をいっぺんにかんじるのってヘンかなァ」
アレクシア
アレクシアにとっても、シャルルがそうだった。
シャルル
機械でできたこの腕とは短い付き合いだが、ある程度思った通りに動くことは理解していた。
だから、少し手を止めて。落ち着く必要があった。
シャルル
表情は、先ほどと変わらないまま。
少しだけ。少しだけ。呼吸を深くして。
トイ
「なにしようとしても、オレには力で敵わない」
アレクシア
「……『アレクシア』と『シャルル』を、あなたは持っていったけれど」
アレクシア
「……覚えていたって、どうせ力なんてなくなってしまうのに、どうして?」
トイ
それはある種、意識を失った相手と寄り添う事と同じ。
シャルル
「『シャルル』のことは、なんもわからなくてね。強いとか、弱いとか。……アンタが勝ったってこと以外はさ。」
シャルル
「アンタが2人と、どんな戦いをしたのか。」
アレクシア
「……『さみしい』であなたが勝ったなら」
アレクシア
「『シャルル』と『アレクシア』は、……さみしくなかったのね」
トイ
「そ!お前は女のピンチに血相変えて飛び込んできたんだ!」
トイ
そのかたりくちは、物語の登場人物のはなしをするのとかわらない。
シャルル
「ほんの少し、聞いただけさ。アンタの……相棒にね。」
シャルル
「あっちは、『相方』って言ってたけど。」
シャルル
花輪の終点。黄色い花を、白い花と結んで。
シャルル
「トイトロール様の勝利を祈って。……どうでしょうかね。」
シャルル
機械の両手の上に、捧げるように。
出来上がった花輪を乗せる。
トイ
青いひとみに花冠が映り込む。ゆらゆらきらきらと…
トイ
椅子に座り、シャルルに背を向け櫛を突き出す。
シャルル
さらりとした髪は引っかかることはないだろう。
シャルル
首を斬るにも、折るにも。
本能が囁く。
今、この時は不可能だとしても。
シャルル
感触はなくとも、指先を零れる髪がそうであることはわかる。
アレクシア
雪の降る中。トイの傍らで、アレクシアの手は速い。
アレクシア
手元の縫い目はたいへんに細かく精密で、真っ直ぐで、緩んでも引き攣ってもいない。
トイ
シャルルに髪をとかされる頭がときどき揺れる。
トイ
「今こうしてオレを飾り立ててる、お前らもその一部」
アレクシア
『マルタを殺した』
『それで、人々が、救われる』
アレクシア
『儀式』の衣装に飾り立てられるトイトロール。
アレクシア
「あなたは、さみしくなくなると、思う?」
トイ
「オレがさみしいかさみしくないかはこの世界にとってどうでもいい」
シャルル
「『シャルル』と『アレクシア』の世界は、終わったんだろうさ。それは……アンタにとっては、『この世界』じゃなかったろうが。」
シャルル
「アイツらにとっちゃ、『世界』だったろうよ。」
シャルル
「恨んじゃいないし、せめてもない。なんせ、『俺』には関係ない。」
シャルル
「ただ…………アンタのいう『この世界』ってのはいったい。」
トイ
「自分と関係のない人間とか、人間に限らず動物とか植物とか…」
アレクシア
「……救われるべき、あなたの世界の中に……あなた自身は、いないの?」
シャルル
「…………見えないものを。見たことがないものを。見すらしないものを。」
シャルル
「『救った』って。どうやって確かめるつもりだ。」
シャルル
「最初から全部幸せで、満たされていて、何も変わらなかったかもしれない。」
トイ
「裁判をしなくてよくなったら、お前たちも30日後に亡者にならないとか。」
シャルル
「…………そりゃ、たぶん嬉しいな。だけど。俺たちは『赤の他人』か?」
シャルル
「はは、そうか。俺は……なんか、そんな気はしなくてね。」
シャルル
「……ちゃんと、祈りを込めたよ。祈りってのは、赤の他人にするもんなのかい。」
トイ
「オレ、家族の名前とか顔とか全部忘れたんだ」
トイ
「顔も見た事もない、知りもしない赤の他人の幸せを祈ってた」
シャルル
「アンタも、別に幸せになってもいいんじゃないかって思うよ。だって……その『赤の他人』ってやつの中には善人も、悪人も。」
シャルル
「…………アンタが救いたいのは、本当に。赤の他人なのか。」
シャルル
「…………共感してほしいわけじゃないだろ。」
アレクシア
「わたし、……あなたが忘れてしまっても、……今は赤の他人の誰かに、何かを祈ってほしいなら」
トイ
「されたことがないから、されたら何か感じるのか」
アレクシア
「あなたは、あなたのことを、……どうでもいいって、言わないほうがいいと、思う」
アレクシア
「さみしいままでいてほしいとは、きっと、思わない」
シャルル
「遅いか、早いか。どうやって死ぬか。何故死ぬか。」
シャルル
「俺は…………アンタの考えを理解は、できる。」
シャルル
「部屋で会った時、ここにいるアレクシアは赤の他人だった。」
シャルル
「……今は、苦しませたくないと思ってる。」
シャルル
「俺は、それから『赤の他人』とは、思えなくなっちまったんだけどさ。」
シャルル
「…………だから、共感は出来ない。だけど、理解はできる。」
シャルル
「アレクシアは、向こうは救いたいと思ってるってさ。」
アレクシア
「……どうしていいか、……はっきりわかってる感じじゃ、ない気もしたけど」
アレクシア
「それって、あなたの言う、あなたの救いたい『世界』に……」
アレクシア
「あなたが、いないからじゃないのかな」
トイ
「なんとかこう…世界が救われればオレも幸せですってこう…」
シャルル
「それも、そうだな。でも、もうひとつその『世界』の中に。」
シャルル
「結びついてるなら、幸せになるときは。」
シャルル
「2人とも一緒じゃないと、いけないんじゃないか?」
トイ
「お前やめろ、記憶なくなっても性根がかわってね~」
シャルル
「っ、ははは。いや、悪かった。悪かったよ。でも……。」
シャルル
「……ちょっとだけ、心配じゃなくなった。」
アレクシア
「……手の届かないものの幸せを祈るのと同じくらい、……手の届くものを、自分で、ちゃんと、手入れしてやらないと」
アレクシア
「……そうでないと、きっと、なくしてしまうものがあるから」
アレクシア
「……自分のことも、……結びついている彼のことも」
トイ
「だからあいつの話はやめようって言ったのに…」
シャルル
「さては、作ってるのを見るのは初めてか。」
シャルル
ここに至るまで、2人きりにはするものかと。
トイ
トイがアレクシアの手元を覗き込めば、雪が布にかかるのだが。
アレクシア
「……あなたは」 手元の針から視線をそらさずに。
トイ
好きな色もわからない、自分が好きかもわからない。
トイ
その顔をさらけださせたのは、そういえば…ほかならぬアレクシアだった。
アレクシア
「何があったのか、わたし、わからないけれど」
アレクシア
「……あ」 手元で、びっ、と糸が攣っている。
アレクシア
「……ん、……大丈夫。……布は、傷んでない、とおもう」
アレクシア
攣った部分を丁寧に伸ばしながら、もう一度針を手にとって。
シャルル
給仕用のワゴンに、紅茶のポットと、用意してもらったお茶菓子をいくつか。
アレクシア
「……んーん」 少し、微笑ってみせる。
シャルル
この雪では、すぐにポットは冷たくなってしまう。
シャルル
「カップも温めてるから、あったかいのは今のうちだぞ。」
シャルル
カップには湯が入っている。
となりに、それを捨てる用のボウル。
トイ
お茶菓子を先に自分のぶんとばかりに見繕ってとっていく。
シャルル
「ちょっと行儀は悪いけどな。……アレクシアも。」
トイ
「お前ら前もそうやってオレをだましたからな~…」
トイ
信用してないぞ、といわんばかりの目線をおくりながらも手は素直に紅茶を受け取る。
トイ
いいながらはちみつを紅茶にひとさじ、ふたさじ…
アレクシア
冷えた指先を温めながら、トイの顔を静かに見ている。
アレクシア
何があったのかは知らない。『アレクシア』がそれを知っていたのかどうかもわからない。
アレクシア
今はただ、普通の顔をしているな、と思う。
シャルル
何があったか、わかりようもないが。
こうして、お茶を飲んでもらえることに。
シャルル
「……アレクシア。まだ、結構かかりそうか?」
アレクシア
「……一旦、持って帰ったほうが、いいかも」
アレクシア
「……布が、……だんだん濡れてきちゃって」
トイ
服作るのってそんなに時間かかるんだ…と思っている。
シャルル
「じゃ、あれだ。待ってる間……暇なら。」
アレクシア
「……部屋にいるから、……何かあったら、呼んで」
シャルル
「……ゲーム、俺何もやったことないからなんか、それでもできそうなやつがいいな。」
シャルル
「じゃ、あれだな。ルール簡単ですぐできるやつ。」
シャルル
メイドを呼んで。
呼べばすぐ来る、6号室のメイドと。
トイ
トイトロールはよくもまあ飽きもせず、興味が続く。
シャルル
シャルルはシャルルで、体力切れを起こすことがない。
そういうふうにできている。
アレクシア
「一度、着てみて。……直すところがあるか、見るから」
シャルル
「では、失礼いたしますよトイトロール様。」
シャルル
ひとつずつ丁寧に脱がせ、メイドの手へと渡す。
アレクシア
着せかけて、少しばかり、あちらを引っ張り、こちらを伸ばし。
アレクシア
ほんの少し、そのまま針を入れて、一部を詰める。
トイ
アレクシアとシャルルには、その姿はどう映っただろうか。
シャルル
背後から見るシャルルには窓ガラスに映った姿。
それよりも近くに、入れ墨の入った背が。
シャルル
確かにそれは『希望』と呼んで差し支えないものに、見えた。少なくとも……そう、見える。
シャルル
しかし、シャルルにとってそんなことは、わりとどうでもよく。
アレクシア
もとのパターンを崩さない程度に、しかしシルエットは出さないようにした。
それでも、その服の下、細く華奢な身体。
アレクシア
アレクシアにはそれが、ひどく儚く見える。
頭上の花が、花であるゆえに美しく儚いように。
アレクシア
けれど、それは、きっと言わないほうがいいのだろうと思って。
トイ
いまとなってはトーナメントの参加者は、この中に一人。
トイ
トイトロールはあたらしい服を着せてもらって喜ぶ子供のように、