Dead or AliCe
『16人の救世主』

幕間 Room No.5&トイ

シャルル
温室から戻って暫く。
シャルル
室内にはふたり、空になったカップがテーブルの上にふたつ。
トイ
…廊下からドスドスと、粗暴な足音。
トイ
 ばん! 
トイ
無遠慮に扉が開かれる。
アレクシア
「っ!」
トイ
「よおよお!おふたりさん」
シャルル
「……ん。」
トイ
「ご主人様のおなーーーりーー」
トイ
「だぜ!」
シャルル
ご主人様。そうか。
シャルル
『所有者』と、桟敷川は言っていた。
シャルル
「……トイ……トロール…………さん。」
トイ
礼儀をわきまえているな!
シャルル
出迎えるように、アレクシアの前に出て。
シャルル
「どうも。俺たちに……何か御用で?」
トイ
「…ふ、ふ、ふ」
トイ
からかうように少しためて。
トイ
「仕事の時間だ!」
シャルル
「仕事?」
トイ
「ついてきな!」
トイ
ゆびをくいくいと引き、いざなう様に。
トイ
飛び出し、ふりかえり、
トイ
「グズグズすんな!」
トイ
と、怒鳴り声。
シャルル
アレクシアを見る。
アレクシア
深く息を吸って、吐く。それから立ち上がる。
シャルル
「…………。」
シャルル
拒否権はないだろう。
シャルル
黙って手を差し出す。
アレクシア
小さく握る。
シャルル
「行くぞ。」
トイ
手を握るふたりに、ゆきがかかる。
トイ
トイトロールの後ろを歩けば彼の上に常に降るもの、冷たい雪風が。
シャルル
手を引いて、少し早足に。
シャルル
振り続ける雪の軌跡を見失う事はないだろう、それでも。
シャルル
機嫌を損ねるのは、よろしくない。
シャルル
後を追った。
トイ
…3人分の足音が、ひびく
トイ
かつては他の救世主。それに客室付きのメイドたち、それらで人の気配がしたこの館も
トイ
さみしくがらんどう。
トイ
足音は余計に大きく響く。
トイ
…やがて、大きなドアの前で立ち止まる。
トイ
「開けろ。」
トイ
シャルルとアレクシアに、対のドアを開くように命ずる。
シャルル
繋いだ手を離して。
シャルル
「仰せのままに、トイトロール様。」
シャルル
扉の片方をとり、開く。
トイ
礼儀をわきまえているなあ!
トイ
アレクシアの方を見ている。
トイ
両開きのドア。
トイ
片方はシャルルが開く。
トイ
もう片方を開け、と言いたげだ。
シャルル
「アレクシア。」
シャルル
大丈夫だと、微笑んで見せる。
アレクシア
「……ん」
アレクシア
静かに進み出る。
アレクシア
ゆっくりともう片側の扉に手を掛けて、
アレクシア
その重さに、一瞬、傷の引き攣れる痛み。
アレクシア
けれど、そのまま静かに開く。
アレクシア
「……どうぞ」
トイ
2人が開いたドアを一瞥。
トイ
気分良さそうに、王様のように部屋の中へと。
トイ
ドアの先は―― 応接間。
トイ
絵画や彫像に飾られた美麗な部屋。窓に柱をわけて中庭が覗く。
トイ
…そこになにやら、準備がされている。
トイ
目に付くのは… 布。
トイ
それに、裁縫道具?
シャルル
中に入り、扉を閉め。
シャルル
アレクシアの側へと。
アレクシア
同じく、扉を閉める。
シャルル
扉に手を添えて。
シャルル
伴い、トイトロールの元へ。
トイ
行儀悪く机の上に腰掛けて、ふたりを見る。
トイ
「これからお前らにはオレの身繕いをしてもらう」
トイ
さいごのたたかいにむけて。
シャルル
「…………身繕い?俺達に……いや。」
トイ
「女、お前手先が多分… 器用だろ?」
トイ
「お前が縫うんだよ、祈りを込めてな」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「……祈り?」
トイ
「祈り」
トイ
「…えっそれも忘れちまったのかよ!?」
トイ
「いのりっていったら…」
トイ
「いのりだろォ!?」
アレクシア
「あの……そうじゃ、なくて」
アレクシア
「どんな?」
トイ
高らかに笑う。
トイ
「あっはっはっは!」
トイ
「はっはっは――…」
トイ
「それはもちろん、オレたちが優勝するようにだよ!」
アレクシア
「……ああ……」
トイ
「そら、働け働け!」
トイ
机から腰をうかし、アレクシアを机の前に。
トイ
ひととおりの道具と、完成図と。
アレクシア
針。糸。パターンと布地。
シャルル
その様子を、黙って見ている。

腕組をして。
アレクシア
裁ち鋏と、糸切り鋏。
シャルル
「…………できそうか?」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「たぶん」
トイ
「そーいうのって」
トイ
「たぶん体が覚えてる」
トイ
だろ?とふたりに。
シャルル
「…………たぶん、な。」
アレクシア
なんとなく、それはわかる。
アレクシア
あの日の台所で、思うよりも遥かに滑らかに動いた手。指先。
アレクシア
そういうことだろう。
アレクシア
「…………じゃあ」
アレクシア
「始めても?」
トイ
「よし。許可する!」
トイ
気分良さそう。
シャルル
ちらりと、トイトロールを窺う。
シャルル
今、ここにある記憶は2回戦のものだけ。
シャルル
そこに、積みあがっていく、新しい記憶。
アレクシア
まずは、立ったまま。
アレクシア
パターンを布に乗せていく。
アレクシア
糸目を見ながら、仮置。位置が決まれば針で止める。
アレクシア
裁ち鋏を手に取る。
アレクシア
躊躇いのない手つきで裁断されていく布。
トイ
アレクシアの手つきに興味を惹かれ、身を乗り出して眺める。
アレクシア
しゃきん、とキレの良い、布の断ち切れていく音。
アレクシア
パーツに分かたれた布に、縫い代をつける。
シャルル
アレクシアの手つき。

目の前で行われている工程に覚えはなくとも、その動きが精確であることはわかる。
アレクシア
そうして、縫われる前のパーツが積み重ねられて。
アレクシア
「……ちなみに、座っても?」
トイ
「!」
アレクシア
「たぶん、縫い目が揃わない」
トイ
「う~~~~~んと…」
トイ
「…許可する!」
トイ
許可された。
アレクシア
「……」 小さく頷くに留め。
アレクシア
そっと椅子を引く。
トイ
アレクシアが椅子に座ると、顔をあげシャルルの方を見る。
シャルル
「…………何か?」
トイ
「お前も働くんだよッ!」
アレクシア
その声に、トイトロールとシャルルを視界に収める。
トイ
ずかずかと窓により。
トイ
陽のささない窓辺にかざられた、花束をにぎる。
トイ
「これを編むんだ。」
トイ
「わっかにさ~~」
シャルル
それを、視界に入れた瞬間。
シャルル
花だ、と思った。
トイ
「めずらしいだろ?」
トイ
「末裔がくれたんだ。観客たちだ」
トイ
「何か得になることをすると、こういう風に…」
トイ
「キレイなもんをくれる!」
シャルル
「そうか……」
シャルル
温室にしかなかったそれも、どこかには、残っているのだろう。
シャルル
「畏まりました、それで……」
トイ
「?」
シャルル
「どういう風に編めばいい?」
トイ
「わっか!」
トイ
「わっかだよ!」
トイ
「言っただろうが!」
トイ
「えと…」
トイ
「頭にかぶる……」
トイ
「…かんじ?」
シャルル
「…………頭に。とすると……」
シャルル
「失礼。」
トイ
「わっ」
シャルル
組んでいた腕を解いて、トイの周囲を軽く回り。

ひょいと、上から見るように。
シャルル
「……ん、足りそうだな。」
シャルル
「祈りを込めて。」
シャルル
「編ませていただきましょう。」
トイ
わかってるな~~!
シャルル
膝をついて、両手を差し出す。
トイ
いかにも気分良さそうに、ふんぞり返って花を授ける。
トイ
「ああ、やれよ!」
シャルル
恭しく受け取った花束を抱えて、周囲を見る。
シャルル
サーブ用のワゴンカートを見つけると、そこに花束を広げて。
シャルル
「トイトロールさん。」
トイ
「あ‶?」
シャルル
「お好きな色は?」
トイ
「…!?」
トイ
好きな色…?
トイ
その、とても簡単な質問に
シャルル
花束は、冠を編むは十分な量に思えた。
トイ
男は意外なほど、つまっている。
シャルル
できることなら、好きなようにと。
シャルル
ただ、それだけ。それだけの問い。
トイ
「‥‥よ、」
トイ
「よく解らない…」
トイ
かえりみられたことがない。
トイ
主体として何かを好きだとか。
トイ
それはなんだろう…どう主張するものだろう。
シャルル
「…………じゃあ。」
シャルル
カートを押してきて。
シャルル
「この中で、一番……えーっと。」
シャルル
「気に入ったのは?」
トイ
色とりどりの花を覗き、目が彷徨う。
トイ
しばらくのまよい。
トイ
・・・。
トイ
・・・・・・・。
トイ
「…これ!」
トイ
選んだのは、雪のように白い花。
トイ
「と、これ!」
トイ
陽の光のように黄色の花。
トイ
「と、これと~これと」
トイ
「これと…」
トイ
ぜんぶでーす!
トイ
って感じだ…。
シャルル
「はは……なるほど。」
シャルル
「じゃ、そうだな……俺が。」
シャルル
「アンタに似合うように、選ぶよ。全部は入りきらないからさ。」
トイ
「!」
トイ
「よーし。じゃ、重々働け!」
シャルル
「仰せのままに。」
トイ
ふん、と気分良さそうに鼻を鳴らす。
シャルル
雪。空。太陽。
シャルル
最初に選ばれた白い花を基準にして。
シャルル
薄い金の髪には何が映えるだろう。
シャルル
そう、考えながらひとつひとつ、選んでいたのだけれど。
シャルル
モニターの向こうに見た、白い雪と。

虹色に輝く剣と、氷の剣。
シャルル
不思議とその手は、鮮やかな虹を編んでいる。
アレクシア
そうしてシャルルが花を選ぶ間に。
アレクシア
「……あの」
アレクシア
「一度、こちらへ。……縫う前に、すこし……調整、するから」
トイ
「お」
トイ
アレクシアの方へ歩み寄る。
アレクシア
「一度、コート、脱いでもらって、……」
アレクシア
「針、ついてるから、気をつけて。動かないで」
トイ
重いコートを脱ぎ、無造作に床に落とす。
トイ
体のラインが出る、ドレスのような中着。
トイ
女性のようなくびれ。華奢な体格。
トイ
それと似合わぬ汚い声と、粗暴な所作。
トイ
アレクシアの申しつけ通り、おとなしくうごかない。
アレクシア
身ごろの幅。袖丈。丈。布を当てながら、測る手つきは淀みない。
アレクシア
「……身ごろは少し詰めたほうがいいかな……」
アレクシア
「あの」
アレクシア
「……どのくらい、体格のシルエット、出したいですか」
トイ
大人しくはかられている…
トイ
別に必要ないが目を閉じてはかられていた。
トイ
質問に目を開け、
トイ
「………出さない方向で」
アレクシア
「……ん。じゃあ、……詰めるのは、少しだけ」
アレクシア
まち針を打って印をつける。
トイ
「でも肌にぴったりしてると若干安心すんだよなー」
トイ
なあ?
トイ
とアレクシアに。
トイ
「なんか安心しねぇ?」
アレクシア
「あんしん……」
アレクシア
安心。少し考える。
アレクシア
単に温かいから。それとも、
アレクシア
「……守られている感じがする、から?」
トイ
「………かなァ………?」
トイ
「何かに触ってる、何かが触れている」
トイ
「その感じがなんとなく。」
トイ
「はっは!裸よりは守られてる感あるよな」
アレクシア
「……触れることが、あなたにとっては……何か、特別、なの?」
トイ
「……えーっと……」考え考え。
トイ
「つるつるしたの触ってる時とか、でこぼこしたの触ってる時とかなんかたのしいし」
トイ
「布だってすべすべしてたら触るの面白くねえ?」
トイ
「それで……」
トイ
とくべつ?
トイ
それはどういう事だろう。
トイ
「…えーっと…」考えているが…
トイ
男の頭はあまり………めいりょうでは ない …
アレクシア
「……触れて、安心するのは、……どんなもの?」
トイ
「あたたかいもの!」
トイ
「動物とか、血の通った生物」
トイ
そういえば、ふと、吹雪の中で。
トイ
1回戦の裁判のさなかで、昏倒したアレクシアを抱きかかえた事を思い出した。
トイ
「人間は………」
トイ
「意識がなければ、ね」
シャルル
話を耳に入れながら、花を編んでいる。
アレクシア
「……意識がある人間は」
アレクシア
「安心できない?」
シャルル
『意識がなければ』その言葉に。

ふと、手が止まって。
トイ
…… 少しの間があって、こくりとうなずいた。
アレクシア
「……じゃあ、」
アレクシア
「触れられるのは、怖い?」
シャルル
『俺の相方はそこの彼女を鞭打ちにしたが』
シャルル
ティモフェイの言葉を、思い出していた。
アレクシア
尋ねながら、測り終えた布を外していく。
トイ
アレクシアの言葉を反芻する。
トイ
「…安心と恐怖をいっぺんにかんじるのってヘンかなァ」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「…………たぶん、そんなこと、ない」
アレクシア
アレクシアにとっても、シャルルがそうだった。
シャルル
機械でできたこの腕とは短い付き合いだが、ある程度思った通りに動くことは理解していた。

だから、少し手を止めて。落ち着く必要があった。
シャルル
貴重な花を、傷つけるわけにはいかない。
シャルル
表情は、先ほどと変わらないまま。

少しだけ。少しだけ。呼吸を深くして。
シャルル
言葉は、かけなかった。
アレクシア
「……もう、動いても大丈夫」
トイ
止めていた息を吐きだす。
トイ
「ふっ」
トイ
「お前たちは弱いから怖くねーけど!」
トイ
わざとらしく嘲笑。
トイ
「オレの所有物だし!」
トイ
「なにしようとしても、オレには力で敵わない」
トイ
「だから怖くねぇ、あっはっは」
シャルル
その通りだ。
シャルル
だから……
シャルル
「…………。」
シャルル
何も言うんじゃないと。
シャルル
「…………。」
アレクシア
「……『アレクシア』と『シャルル』を、あなたは持っていったけれど」
アレクシア
「……覚えていたって、どうせ力なんてなくなってしまうのに、どうして?」
アレクシア
ぷつ、と針刺しに針の刺さる音。
トイ
「………」
トイ
「……………」
トイ
「…………」
トイ
どう、言葉にしよう。
トイ
理由は、ある。
トイ
「………… さみしいからだよ」
トイ
「記憶はそばにいる。」
トイ
「記憶はなにも、変わったことをしない」
トイ
それはある種、意識を失った相手と寄り添う事と同じ。
トイ
人形遊びに近い。
シャルル
「…………それは。」
シャルル
「あったかいのか?」
トイ
「すごく冷たい」
トイ
「ものすご~く、見ての通りの氷点下」
シャルル
口から洩れた言葉は、怒りではなかった。
トイ
「ふふふ」
シャルル
「…………そうか。」
アレクシア
「……あたたかいものが好きなのに」
アレクシア
「それって、……」
シャルル
「寂しくは、なくなった?」
トイ
「ぜんぜん」
シャルル
「だろうな。」
シャルル
「…………それでも。」
シャルル
「まあ、戦利品……には。なったろう。」
シャルル
花を編むのを再開する。
トイ
「……ふふ、あっはっは」
トイ
「バーカ、バカバカ…」
トイ
「おまえバカだぜ、『さみしい』から」
トイ
「オレはお前より強かったんだ。」
トイ
心の疵のふかさ。
トイ
絶望のふかさが勝利をまねく。
シャルル
「さあ、俺は。」
シャルル
「『シャルル』のことは、なんもわからなくてね。強いとか、弱いとか。……アンタが勝ったってこと以外はさ。」
トイ
「見せてやりたかったぜ、シャルルの命乞い」
トイ
※してません
シャルル
赤い小さな花を、さして。
シャルル
「そうかい。俺も見たかったね。」
シャルル
「アンタが2人と、どんな戦いをしたのか。」
シャルル
「…………な。」
アレクシア
「……『さみしい』であなたが勝ったなら」
アレクシア
「『シャルル』と『アレクシア』は、……さみしくなかったのね」
トイ
「!」
トイ
「ラブラブだったぜ」
トイ
※そうかな?
トイ
「お前らは~~!ラブラブだった!」
シャルル
「らぶらぶ。」
アレクシア
「らぶらぶ……」
トイ
「チューして…しそうだった!」
トイ
さっき温室であったことは知らない。
アレクシア
視線がトイとシャルルを一往復した。
シャルル
「…………そうなのか。」
トイ
「そ!お前は女のピンチに血相変えて飛び込んできたんだ!」
トイ
目を輝かせて。
トイ
そのかたりくちは、物語の登場人物のはなしをするのとかわらない。
トイ
記憶になってしまえば、トイにとっては。
トイ
自分の関わった人生だという実感のないもの。
シャルル
「はは。『俺』じゃないけどな。」
シャルル
「末裔を皆殺しにしようとしたって?」
トイ
「そうそう…ってオイ!?」
トイ
「おぼえてんのかよ!?」
シャルル
「いや、聞いたんだ。」
シャルル
「ほんの少し、聞いただけさ。アンタの……相棒にね。」
トイ
へな……
トイ
相棒、という言葉になんだか脱力する。
トイ
「あー…」あいつかぁ。
トイ
「相棒っていうな…」
シャルル
「あっちは、『相方』って言ってたけど。」
トイ
へなへな…
トイ
すわりこむ。
シャルル
「……?」
シャルル
「何か、変なこと言ったか?」
トイ
仕切るように手をばっとひろげる。
トイ
「やめよう!ティモフェイの話は!」
シャルル
「…………アンタが、そう言うなら。」
シャルル
「やめるか。」
トイ
「そ!ご主人様命令、ご主人様命令だ!」
シャルル
「はは……仰せのままに。」
トイ
危うく全身の力が抜けるところであった…
シャルル
花輪の終点。黄色い花を、白い花と結んで。
シャルル
形を整え、密度の薄い部分に花を足して。
シャルル
「トイトロール様の勝利を祈って。……どうでしょうかね。」
シャルル
機械の両手の上に、捧げるように。

出来上がった花輪を乗せる。
トイ
「お!」
シャルル
白い花に、黄色を。

その上に、虹を。
シャルル
青い差し色の花冠。
トイ
「っしゃー!どれどれ…」
トイ
「……!」
トイ
青いひとみに花冠が映り込む。ゆらゆらきらきらと…
トイ
目を輝かせる。
トイ
「よーし、下僕としての働きは及第点だ!」
トイ
気に入っている様子です。
シャルル
「ありがたき幸せ。」
シャルル
少しだけ、笑って。
トイ
椅子に座り、シャルルに背を向け櫛を突き出す。
トイ
「髪をとかせ」
シャルル
「…………畏まりました。」
シャルル
花冠を、置いて。櫛を両手で受け取り。
シャルル
背後に立つ。
シャルル
「…………俺に、任せていいのか?」
シャルル
さらりとした髪は引っかかることはないだろう。
トイ
「?」
トイ
後頭部はまさしく無防備。
シャルル
「…………いや。」
シャルル
首を斬るにも、折るにも。

本能が囁く。

今、この時は不可能だとしても。
シャルル
届く。確実に届く距離。
シャルル
首筋に、左手を伸ばし……
シャルル
「…………。」
シャルル
……髪をひと房。掬って。
シャルル
「……うわ、さらさら。」
トイ
「セクハラじゃね?」
トイ
笑い声。
シャルル
感触はなくとも、指先を零れる髪がそうであることはわかる。
シャルル
右手の櫛で、梳く。
シャルル
「そりゃ失礼。」
トイ
シャルルの逡巡もつゆしらず。
トイ
2人の上に粉雪がふる。
アレクシア
雪の降る中。トイの傍らで、アレクシアの手は速い。
アレクシア
手元の縫い目はたいへんに細かく精密で、真っ直ぐで、緩んでも引き攣ってもいない。
アレクシア
時折、布の上から雪を払う。
アレクシア
冷えていく指先を擦り合わせる。
アレクシア
「……このデザインは、どこから?」
トイ
「ああ、それ…」
トイ
「故郷の。」
トイ
「忘却の国の、儀式の服だ」
アレクシア
「……儀式?」
トイ
「そ!オレの故郷にも『儀式』があったんだ」
トイ
オールドメイドゲームのように。
トイ
シャルルに髪をとかされる頭がときどき揺れる。
アレクシア
「それは」
アレクシア
言いさして、躊躇い、
アレクシア
「……失敗、……した、……?」
トイ
「…………」
トイ
何と言ったらいいか。
トイ
「………………… オレは…」
トイ
「『中断』だとおもってる」
トイ
「まだ儀式の途中だ」
アレクシア
「………………」
トイ
「今こうしてオレを飾り立ててる、お前らもその一部」
アレクシア
『マルタを殺した』

『それで、人々が、救われる』
アレクシア
ティモフェイの言葉を思い出す。
シャルル
「…………。」
シャルル
髪を梳く。丁寧に。
アレクシア
『儀式』の衣装に飾り立てられるトイトロール。
アレクシア
手元にある、衣装の完成図を見る。
シャルル
『もてなしを受ける最後の一週間』
シャルル
『お前らもその一部』
シャルル
まさか、と思いながらも。
アレクシア
「……『儀式』が終わったら」
アレクシア
「あなたは、さみしくなくなると、思う?」
トイ
「どうでもいいよ」
トイ
「どうでもいいのに聞くなよなー…」
アレクシア
「さみしいから記憶を持っていくのに」
アレクシア
「さみしいままでも?」
トイ
「…大事なのは他のすべて」
トイ
「オレがさみしいかさみしくないかはこの世界にとってどうでもいい」
シャルル
「…………今は。」
シャルル
「今も、寂しいか?」
トイ
「うん」
トイ
「ま、気がまぎれるけど」
トイ
「下僕がいるとな!」
シャルル
「はは。」
シャルル
「それじゃ、俺たちの方が優秀だな。」
シャルル
「記憶よりさ。」
トイ
「ははは!」
シャルル
髪を梳く。丁寧に。
シャルル
そのうちの何本かは、床にはらりと落ち。
シャルル
櫛に絡んだかもしれない。
シャルル
「…………どうでもいいとは。」
シャルル
「俺は、少なくとも。思わないがね。」
トイ
「…?」
シャルル
「アンタが寂しいと思ったから。」
シャルル
「『シャルル』と『アレクシア』の世界は、終わったんだろうさ。それは……アンタにとっては、『この世界』じゃなかったろうが。」
シャルル
「アイツらにとっちゃ、『世界』だったろうよ。」
シャルル
「…………いや。」
トイ
もしや。
トイ
「てめーオレのこと責めてんのか?」
シャルル
「そうじゃないさ。」
シャルル
「どうでもいいっていうから。」
シャルル
「俺は……心配でね。」
シャルル
「恨んじゃいないし、せめてもない。なんせ、『俺』には関係ない。」
シャルル
「ただ…………アンタのいう『この世界』ってのはいったい。」
シャルル
「何なんだろうなって、思っただけさ。」
トイ
しんぱい。
トイ
よく解らない。
トイ
「世界っていうのは、赤の他人のことだ」
トイ
「名前も知らない、顔も知らない」
トイ
「自分と関係のない人間とか、人間に限らず動物とか植物とか…」
シャルル
「…………。」
トイ
「お前がなにを心配なのか知らねえけど…、」
トイ
「世界が救われるのに何が心配だ?」
アレクシア
「……救われるべき、あなたの世界の中に……あなた自身は、いないの?」
トイ
「いない。」
シャルル
「…………見えないものを。見たことがないものを。見すらしないものを。」
トイ
早い返答。
シャルル
「『救った』って。どうやって確かめるつもりだ。」
シャルル
「最初からそうだったかもしれない。」
シャルル
「最初から全部幸せで、満たされていて、何も変わらなかったかもしれない。」
シャルル
「そうじゃないと、何故わかる。」
トイ
頭をひねる。
トイ
「裁判をしなくてよくなったら、お前たちも30日後に亡者にならないとか。」
トイ
「それはうれしくない?」
シャルル
「…………そりゃ、たぶん嬉しいな。だけど。俺たちは『赤の他人』か?」
トイ
「……まあそのうちだねぇ…」
シャルル
「はは、そうか。俺は……なんか、そんな気はしなくてね。」
トイ
「なんで?」
トイ
よくわからない。
シャルル
「今。」
シャルル
「いろいろ、話してくれただろ。」
シャルル
「……ちゃんと、祈りを込めたよ。祈りってのは、赤の他人にするもんなのかい。」
トイ
「……… ………」
トイ
唇をかむ。
トイ
少し迷って、
トイ
「家族が………」
トイ
「あのさ」
トイ
「オレ、家族の名前とか顔とか全部忘れたんだ」
トイ
同じ理由。忘却の雪によって。
トイ
「だから」
トイ
「顔も見た事もない、知りもしない赤の他人の幸せを祈ってた」
トイ
「オレはそうなんだ……」
トイ
「それはヘンなのかな」
シャルル
「……いや、変じゃない。」
シャルル
「奇遇な事に、俺も忘れてね。」
シャルル
「でも、今は……目の前で泣いてる。」
シャルル
「アンタも、別に幸せになってもいいんじゃないかって思うよ。だって……その『赤の他人』ってやつの中には善人も、悪人も。」
シャルル
「…………。」
シャルル
アレクシアを見る。
シャルル
「…………俺達も。」
シャルル
「含まれてるんだろう。」
シャルル
「だから…………。」
シャルル
「…………アンタが救いたいのは、本当に。赤の他人なのか。」
トイ
「ふふふ」
トイ
「共感されたためしがねーけど」
トイ
「マジでそうなんだ」
シャルル
「…………共感してほしいわけじゃないだろ。」
シャルル
「してほしいのか?」
トイ
「よくわからない。」
アレクシア
「わたし、……あなたが忘れてしまっても、……今は赤の他人の誰かに、何かを祈ってほしいなら」
トイ
「されたことがないから、されたら何か感じるのか」
トイ
「やっぱりどうでもいいのか、わかんね」
アレクシア
「あなたは、あなたのことを、……どうでもいいって、言わないほうがいいと、思う」
アレクシア
「誰かがあなたを想うとき」
アレクシア
「さみしいままでいてほしいとは、きっと、思わない」
トイ
「オレを思う人間はいない。」
トイ
「あ、言い忘れた。」
トイ
「家族はね、死んだんだよ」
トイ
「それは確かなんだ。」
アレクシア
「…………あなたのパートナーは」
アレクシア
「あなたを救いたいんでしょう」
シャルル
「…………。」
トイ
ガク!っと首がうなだれる
トイ
「ティモフェイの話すんなよな…!」
シャルル
「人は死ぬさ。」
シャルル
「死なないやつは人じゃない。」
シャルル
「遅いか、早いか。どうやって死ぬか。何故死ぬか。」
シャルル
「俺は…………アンタの考えを理解は、できる。」
シャルル
「部屋で会った時、ここにいるアレクシアは赤の他人だった。」
シャルル
「……今は、苦しませたくないと思ってる。」
シャルル
「俺は、それから『赤の他人』とは、思えなくなっちまったんだけどさ。」
シャルル
「…………だから、共感は出来ない。だけど、理解はできる。」
シャルル
「そう動いちまうなら、仕方ないよな。」
トイ
少しだけ口元に微笑み。
シャルル
アレクシアを見る。
アレクシア
視線が返る。
トイ
「だからちょっと困ってんだよな~…」
シャルル
「困ってる?」
トイ
「あいつのオレを救うっていうやつ…」
トイ
ぶつぶつ…
シャルル
「ああ、彼の。」
シャルル
「……実際。」
シャルル
「どう思ってるんだ?」
トイ
「知らねーよ!」
トイ
「寝耳に水だよ」
シャルル
「アレクシアは、向こうは救いたいと思ってるってさ。」
アレクシア
「……どうしていいか、……はっきりわかってる感じじゃ、ない気もしたけど」
アレクシア
「それって、あなたの言う、あなたの救いたい『世界』に……」
アレクシア
「あなたが、いないからじゃないのかな」
トイ
「なんとかこう…世界が救われればオレも幸せですってこう…」
トイ
「だましだまし…?」
トイ
「で、いいのか…?」
シャルル
「それも、そうだな。でも、もうひとつその『世界』の中に。」
シャルル
「ティモフェイはいるのか?」
トイ
「……… ……」
トイ
「あいつの幸せは祈った事ねえな…」
シャルル
「じゃあさ。」
シャルル
「『赤の他人』じゃあ、ないんだな。」
トイ
「…ああ、あいつとオレの人生は」
トイ
「結びついてる、結びつけてる」
トイ
「顔みりゃわかんだろ?」
トイ
同じ顔!
シャルル
「はぁん。」
シャルル
「結びついてるなら、幸せになるときは。」
トイ
「あ!お前」
シャルル
「2人とも一緒じゃないと、いけないんじゃないか?」
トイ
「ストップ!!!!!!!!」
トイ
いわれた!!
トイ
「お前やめろ、記憶なくなっても性根がかわってね~」
トイ
1回戦のお茶会の時とおなじかんじがした。
シャルル
「だから、だましだまし……ね。」
シャルル
「悪いけど覚えてなくてなー。」
トイ
振り向いてみぞおちにパンチ。
シャルル
「んぐっ゛」
シャルル
「『痛いところ』をよくおわかりで。」
トイ
「ごめんなさいとでも言え、下僕がよ」
シャルル
「ごめんなさい。」
トイ
「けっ」
シャルル
「っ、ははは。いや、悪かった。悪かったよ。でも……。」
シャルル
「……ちょっとだけ、心配じゃなくなった。」
アレクシア
「……手の届かないものの幸せを祈るのと同じくらい、……手の届くものを、自分で、ちゃんと、手入れしてやらないと」
アレクシア
「……そうでないと、きっと、なくしてしまうものがあるから」
アレクシア
「……自分のことも、……結びついている彼のことも」
アレクシア
「それは、……祈りじゃなくて」
アレクシア
「自分の手で、……したほうがいい」
トイ
ぐにゃ…
トイ
ぐにゃぐにゃ…
トイ
椅子に沈んでいく…
トイ
「き、気色悪い…」
トイ
「だからあいつの話はやめようって言ったのに…」
シャルル
「あっ、せっかく綺麗に整えたのに。」
トイ
「あー…」
トイ
「そろそろ服!できた?」
アレクシア
「さすがにこの時間で一着は無理」
トイ
「えー!」
シャルル
「ははは。」
トイ
「そんなかかんのかよ」
アレクシア
「……手縫いだし……」
トイ
じたばた、ほうりだした足を振る。
シャルル
「さては、作ってるのを見るのは初めてか。」
シャルル
俺もだけど。
トイ
「うん、面白い」作ってるのを見るの。
シャルル
「アレクシア。指とか、大丈夫か……?」
アレクシア
「……ちょっと、冷える」
トイ
雪はかわらず降る。
シャルル
「トイトロール様。」
トイ
「?」
シャルル
「お茶をいれる許可をいただいても?」
シャルル
「……3人分。」
トイ
「……… ……」
トイ
「…いいよ」
トイ
「あ!ハチミツ持ってこい」
トイ
「紅茶に入れて飲む」
シャルル
「…………はは。」
シャルル
「仰せのままに。」
シャルル
シャルルは部屋を出る。
シャルル
アレクシアと、トイトロールを残して。
シャルル
ここに至るまで、2人きりにはするものかと。
シャルル
渦巻いていた不安はいずこへか。
シャルル
今は、ふたりを残して。
シャルル
あたたかいものを、とりに。
トイ
トイがアレクシアの手元を覗き込めば、雪が布にかかるのだが。
トイ
あんまり配慮が出来ないため、覗いている。
アレクシア
「……あなたは」 手元の針から視線をそらさずに。
アレクシア
「……自分のこと、好きじゃ、ない?」
トイ
「よく解らない」
トイ
わからないことだらけ。
トイ
好きな色もわからない、自分が好きかもわからない。
アレクシア
「……そっか」
アレクシア
「……嫌いかどうかも、わからない?」
トイ
「うん……」
トイ
「…でも、自分の顔は嫌いだ」
トイ
その顔をさらけださせたのは、そういえば…ほかならぬアレクシアだった。
アレクシア
「……結びついているから?」
トイ
「えーっと…」考える。
トイ
「…いやな思いをしたから…」
トイ
「顔のせいで嫌な思いをしたからだ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「何があったのか、わたし、わからないけれど」
アレクシア
「……今もそう?」
トイ
「今も大っきらいだよ」
トイ
「そうじゃない訳あるか!」
トイ
「っていうかお前が!」
トイ
「お前がお前が!」
トイ
「お前がオレのマスクをはいだんだぞ!!」
トイ
バン、と机をたたく。
アレクシア
「……残念だけど、覚えてないから」
トイ
髪の毛をギュっといっぺんひっぱった!
アレクシア
「っ、」
アレクシア
「……あ」 手元で、びっ、と糸が攣っている。
トイ
手を放す。
トイ
手元が狂われるのは困る!
アレクシア
「……ん、……大丈夫。……布は、傷んでない、とおもう」
トイ
ぐぬぬ…
シャルル
「…………。」
アレクシア
攣った部分を丁寧に伸ばしながら、もう一度針を手にとって。
シャルル
扉を、開いて。
シャルル
給仕用のワゴンに、紅茶のポットと、用意してもらったお茶菓子をいくつか。
シャルル
そして、蜂蜜。
シャルル
扉を、とざして。
シャルル
「……落ち着かないな。何かあった?」
シャルル
ワゴンを押してくる。
アレクシア
「……んーん」 少し、微笑ってみせる。
トイ
「生意気なんだもん!」
シャルル
「アレクシアは何もないってさ。」
トイ
「??」
トイ
いろいろとわからない。
シャルル
「……さ、お茶にしよう。」
シャルル
「冷めないうちに。」
シャルル
この雪では、すぐにポットは冷たくなってしまう。
シャルル
「カップも温めてるから、あったかいのは今のうちだぞ。」
シャルル
カップには湯が入っている。

となりに、それを捨てる用のボウル。
トイ
お茶菓子を先に自分のぶんとばかりに見繕ってとっていく。
シャルル
「誰もとらないから、ほら。」
シャルル
カップのお湯を捨てて、紅茶を注ぐ。
トイ
そそがれる紅茶をながめている。
シャルル
「お茶会。」
シャルル
「普通の。」
シャルル
ソーサーに乗せて、差し出す。
シャルル
「ちょっと行儀は悪いけどな。……アレクシアも。」
アレクシア
「うん、……ありがと」
トイ
「お前ら前もそうやってオレをだましたからな~…」
トイ
しかし覚えていないのである。
シャルル
「…………普通の、お茶会さ。」
シャルル
「敵も味方もないんだから。」
シャルル
「騙す必要、あるか?」
トイ
「………」
シャルル
「冷めるぞ?」
トイ
信用してないぞ、といわんばかりの目線をおくりながらも手は素直に紅茶を受け取る。
シャルル
「あったかいのがいいんだろう?」
トイ
「触感がつるつるだからちげーんだよォ」
トイ
「ま、きらいじゃないけど」
トイ
いいながらはちみつを紅茶にひとさじ、ふたさじ…
トイ
湯気立つティーカップにそっと唇をつける。
トイ
おいしい。
トイ
それはわかる~
アレクシア
冷えた指先を温めながら、トイの顔を静かに見ている。
アレクシア
何があったのかは知らない。『アレクシア』がそれを知っていたのかどうかもわからない。
アレクシア
今はただ、普通の顔をしているな、と思う。
シャルル
少し、安心する。
シャルル
何があったか、わかりようもないが。

こうして、お茶を飲んでもらえることに。
トイ
「??」
トイ
お茶を飲み、菓子を食べ。
トイ
それなりに上機嫌。
シャルル
「……アレクシア。まだ、結構かかりそうか?」
シャルル
自分のカップを手に持ったまま。
アレクシア
「……一旦、持って帰ったほうが、いいかも」
アレクシア
「……布が、……だんだん濡れてきちゃって」
シャルル
天井を見上げる。
トイ
トイがそばにいる限り、雪は降る。
シャルル
「…………って事らしいんだが。」
シャルル
「……任せてもらえるか?」
トイ
「え~~~…いいよ」
トイ
服作るのってそんなに時間かかるんだ…と思っている。
トイ
知らなかった!
シャルル
「機械で縫うと、早いんだ。と思う。」
シャルル
知識としてだけ持っている、それ。
シャルル
「……そんな顔をするなよ。」
シャルル
「じゃ、あれだ。待ってる間……暇なら。」
シャルル
「俺が、相手するからさ。」
シャルル
いいか?とアレクシアを見る。
トイ
「わはは」
トイ
「ゲームしようゲーム!なんかいろいろ…」
アレクシア
その様子に、微笑って。
アレクシア
「……じゃあ、ちょっと、行ってくる」
アレクシア
「……部屋にいるから、……何かあったら、呼んで」
シャルル
「うん。」
アレクシア
裁縫道具を一式、一度片付けて。
シャルル
「……ゲーム、俺何もやったことないからなんか、それでもできそうなやつがいいな。」
アレクシア
二人の声を背に、部屋を出る。
トイ
「オレもルール知らねえんだよな~…!」
シャルル
「じゃ、あれだな。ルール簡単ですぐできるやつ。」
トイ
「なんか思い当たるのあんのか?」
シャルル
「メイドさんに聞いてみるか。」
トイ
「それだ!」
シャルル
メイドを呼んで。

呼べばすぐ来る、6号室のメイドと。
シャルル
遅れてやってくる5号室のメイド。
トイ
応接間に4人のささやかな笑い声。
トイ
メイドが思いつく遊びを言っては、
トイ
それに興じる。
トイ
トイトロールはよくもまあ飽きもせず、興味が続く。
トイ
遊び続ける。
シャルル
シャルルはシャルルで、体力切れを起こすことがない。

そういうふうにできている。
トイ
それはとても良い遊び相手だった。
トイ
疲れる事もなく、遊び続ける。
トイ
そうして10何種という遊びを終えた頃。
アレクシア
かすかな音で、扉が開く。
トイ
「わははは オレのかち…」
トイ
「あ!」
トイ
扉の方を向く。
アレクシア
「……おまたせ」
トイ
「マジで待った!!」
シャルル
「お疲れ様。」
アレクシア
「……うん」
アレクシア
「一度、着てみて。……直すところがあるか、見るから」
トイ
ふたりとメイドの前に立ち。
トイ
棒立ち。
トイ
脱がすも着せるもしてもらえると思っている。
シャルル
「お召し替えを?」
トイ
「はいよ~」
シャルル
「では、失礼いたしますよトイトロール様。」
シャルル
冷たい機械の手がコートを。衣服を。
シャルル
ひとつずつ丁寧に脱がせ、メイドの手へと渡す。
シャルル
それは、自分の役目であると思った。
トイ
されるがままに身を任せる。
トイ
衣服を脱いだ背に、大きなイレズミ。
シャルル
そうして、アレクシアに目配せをする。
アレクシア
両手の中で、畳んであった服を広げる。
アレクシア
着せかけて、少しばかり、あちらを引っ張り、こちらを伸ばし。
アレクシア
ほんの少し、そのまま針を入れて、一部を詰める。
アレクシア
「……これで、どう?」
トイ
閉じていた目を開いて。
トイ
シャルルに顎で、花冠を乗せるよう合図。
シャルル
今かと待ちわび、そこにある。
シャルル
虹の花冠を頭上へと。
トイ
「ふふ」
トイ
「……うん!」
トイ
中庭を映す窓ガラスに、自分の姿を映して
トイ
その姿を確認する。
トイ
メイドたちがその光景をみまもる。
トイ
アレクシアとシャルルには、その姿はどう映っただろうか。
シャルル
背後から見るシャルルには窓ガラスに映った姿。

それよりも近くに、入れ墨の入った背が。
シャルル
輝く花冠が。
シャルル
確かにそれは『希望』と呼んで差し支えないものに、見えた。少なくとも……そう、見える。
シャルル
しかし、シャルルにとってそんなことは、わりとどうでもよく。
シャルル
「へぇ……似合うじゃん。」
シャルル
とだけ、言った。
アレクシア
もとのパターンを崩さない程度に、しかしシルエットは出さないようにした。

それでも、その服の下、細く華奢な身体。
アレクシア
アレクシアにはそれが、ひどく儚く見える。

頭上の花が、花であるゆえに美しく儚いように。
アレクシア
けれど、それは、きっと言わないほうがいいのだろうと思って。
アレクシア
「……そうね」
アレクシア
静かに、シャルルに同意した。
トイ
雪降る応接間に5人の男女。
トイ
いまとなってはトーナメントの参加者は、この中に一人。
トイ
トイトロールはあたらしい服を着せてもらって喜ぶ子供のように、
トイ
4人にそれを見せびらかしたのだった。