Dead or AliCe
『16人の救世主』

幕間 Room No.5&ティモフェイ

*
*
台所から出たアレクシアを伴ってシャルルが向かうのは、温室。

温室と言っても、一面がガラス張りである部屋というだけで。

植物もなければ陽光もない。

硝子の向こうには、ただ砂塵が舞うばかり。
シャルル
ざり、と。
シャルル
金属の足で砂を踏み、中央へと進む。
シャルル
隣に、アレクシアを呼んで。
シャルル
「……ここ、なんだかわかる?」
アレクシア
「ううん……ガラス張りなのね」
シャルル
「俺、ここに来るとき『温室』って言われてて。」
シャルル
「着いたとき『これ、温室なんだ。』って言ったんだ。」
シャルル
「『温室』って言葉にさ、漠然と『植物があるところ』っていう意識があって。」
シャルル
「でも、見たことがあるわけじゃなくて。」
シャルル
「なんか、変な感じだよな。」
アレクシア
「……植物……」
アレクシア
「わたしは、あんまり……屋根のあるところに、あるって印象は……ない、かな」
シャルル
「そうなんだ。じゃあ……やっぱり、なんだろう。それぞれの持ってる……常識っていうのが。」
シャルル
「違っていたのかもしれないな。たぶん……同じ世界から来たってわけじゃ、なさそうだし。」
アレクシア
「……そう、ね。……」
アレクシア
「ずっと一緒だったわけじゃ、きっと、ない……」
シャルル
「……花。」
シャルル
「花は、わかる?」
アレクシア
「……花……うん。なんと、なく」
アレクシア
具体的なものは、何も思い出せない。

けれど、確かに。そうした何かのことを、知っている感覚。
シャルル
「『この国に観賞用の植物はほぼ存在しない』って。だから……花はきっと、此処にないんだろう。」
シャルル
天井を見上げる。
シャルル
硝子に砂がこすりつき、少し薄暗い。
アレクシア
一度、天井を仰いだシャルルの横顔を見。
アレクシア
それから、同じように天井を仰ぐ。
シャルル
「『硝子』『空』『砂』。」
シャルル
「わかるのと、覚えてるのって。違うんだな。」
アレクシア
知識と、記憶――思い出。
アレクシア
そこに横たわる何かがある。
アレクシア
「……わたしたちに言葉が残っててよかったって、……少しだけ、思った、……今」
シャルル
「…………そうだな。」
シャルル
本当に、そうだろうか。
シャルル
アレクシアに顔を向ける。
シャルル
「確かに、アレクシアが何も話してくれなかったら……」
シャルル
「困るな。」
アレクシア
「……そう?」
シャルル
「うん。」
アレクシア
「……そっか」
アレクシア
「……ありがと」
シャルル
「うん。きっとこんな風に。何かを考えようとも、思わなかった。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「……ねえ。」
アレクシア
「ん」
シャルル
「マキナ、さん。と……ちゃんと、話せた?」
アレクシア
「……うん」
アレクシア
「たぶん、マキナさん、すごく……傷ついてたと、思う」
アレクシア
「……もしかしたら、戦って、勝つより……」
アレクシア
「……大丈夫だって、言ってたけど」
アレクシア
「もしかしたら、本当は……わたしとも、会わないほうがよかった、かも」
シャルル
「…………そっか。」
シャルル
しゃがむ。
シャルル
足元の砂を機械の手で掬えば、さらりと隙間から落ち切ってしまう。
シャルル
「…………。」
シャルル
すこし、うつむいて。
シャルル
「どう思ってるかなんて、本人にしかわからないけどさ。」
シャルル
「起こってしまったものは変えようがないよ。それこそ……奇跡でもない限り。」
シャルル
「救った砂は地面に落ちるけど、まったく同じところに落ちる砂粒なんて一つもない。」
シャルル
「……ケーキは混ぜないと膨らまない。」
シャルル
アレクシアを、見上げて。
シャルル
「よかったかどうかは、終わってみないとわからないよ。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「…………うん」
アレクシア
「それに……マキナさんが、自分で決めること、だろうし」
アレクシア
「わたしは、大丈夫だよって……そう、言ってあげたかっただけ」
アレクシア
「それをどう思うかも、……きっと、マキナさんは、自分で選べると思う」
シャルル
「…………そうか。」
シャルル
「…………。」
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「なあに?」
シャルル
「ここから見てると。アンタは、花みたいだ。」
アレクシア
「…………花?」
シャルル
「太陽かも。」
シャルル
花も太陽も、見たことなんてないのだけれど。
シャルル
きっとこんな感じだと思った。
アレクシア
「……今のわたしが、見たことあるわけじゃ、ないけど」
アレクシア
「大袈裟」
シャルル
「そうかな。」
アレクシア
「太陽って、だって、……きっともっと、明るくて」
アレクシア
「……明るくて、あたたかくて、……そういうものでしょ」
シャルル
「今は。」
シャルル
「アンタが一番、そうだから。」
シャルル
「俺の世界ではさ。」
アレクシア
「じゃあ、」
アレクシア
「シャルルは、……わたしの空でいて」
シャルル
「…………うん。」
シャルル
「最後まで、一緒だろ。」
シャルル
「空っていうには少し、狭いかもしれないけどさ。」
アレクシア
「……大丈夫」
アレクシア
「わたしの世界も、……そうだから」
シャルル
立ち上がって。
ティモフェイ
二人の空気をうちやぶるものは、
ティモフェイ
今度は騒々しさもない、ただ軋むような音。
ティモフェイ
温室の扉が開く。
ティモフェイ
かつて相対したはずの救世主が顔を出して、
シャルル
はっとしたように扉の方を見る。
ティモフェイ
そこに首輪のないことに、あなたがたが違和感を覚えるかはわからないけれど。
アレクシア
「……っ、」
アレクシア
見知らぬ、というのは、少し違う気がする。

モニターの向こうに見ていた救世主。

『シャルル』と『アレクシア』に勝ったという、6号室の。
ティモフェイ
男の側には記憶もあるはずだったが、そこにいる二人の空気はやはり『違う』。
ティモフェイ
見たことのない女の顔と、見たことのない男の顔。
[ ティモフェイ ] 情緒 : 0 → 0
シャルル
「…………。」
シャルル
立ったまま、男の方を見て。
シャルル
そっと、アレクシアの手を握った。
ティモフェイ
扉に手をかけたまましばし黙り込み、
ティモフェイ
しかし身を返すことなく温室内へと足を踏み入れる。
ティモフェイ
「邪魔をしたかね」
シャルル
「いや……。」
シャルル
「…………6号室の。」
ティモフェイ
「ああ」
シャルル
それは、問いかけというよりは呟くように。
ティモフェイ
「6号室の、だ」
ティモフェイ
淡々と答えを返してから、改めて二人を見る。
ティモフェイ
「……様変わりするものだな」
シャルル
「…………そんなに違うかい。」
ティモフェイ
「もっと圧があった」
シャルル
「圧?……俺、いや。『シャルル』にか。」
ティモフェイ
「きみにも」アレクシアに視線を巡らす。
ティモフェイ
「そこの、女主人にも」
アレクシア
「…………」
シャルル
「……見せてもらったよ。『裁判』を。だから、なんとなくなら……その意味は理解できる。」
ティモフェイ
少しだけ眉を寄せた。
ティモフェイ
「……『あの』二回戦をか…………」
シャルル
「ああ。」
シャルル
「消すかい?もう一度。」
ティモフェイ
ため息。
ティモフェイ
首を振った。
ティモフェイ
「……なんというか」
ティモフェイ
長い逡巡にくちびるをさまよわせた末、ようやっとの声。
ティモフェイ
「多少」
ティモフェイ
「気恥ずかしい、だけの話、だから」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
これ言い訳になってないな?
シャルル
「…………はあ、そう。気恥ずかしい、か。」
ティモフェイ
「思ったより恥の意識があったらしい」
ティモフェイ
「俺にも」
ティモフェイ
捨ててしまった感傷だと思っていたが。
シャルル
「『俺』は、アンタの試合を見るのは初めてだから。」
シャルル
「その前の『アンタ』はよくわからないが……。」
ティモフェイ
シャルルを見る。短くなった髪を。眼鏡を外された裸眼を。
シャルル
「そんなに恥ずかしいものでは、なかったように思うよ。」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「どうも……?」
ティモフェイ
いや、これ違うな。
ティモフェイ
「いや」気付いて軽く手のひらを振り、
ティモフェイ
「なんというか」
ティモフェイ
「……あー」
ティモフェイ
「きみたちは忘れている」
ティモフェイ
「と、いうか、あれが忘れさせたのだが」
ティモフェイ
「俺はひとつ、宣言をしていてだな……」
ティモフェイ
語りながら、これまずいな、という気分には薄々なってきてるんですが。
シャルル
「宣言。」
ティモフェイ
す、と小さく息を吸い。
ティモフェイ
「奇跡の力で、全ての人を『救済』すると」
ティモフェイ
「きみたちの目の前で」
ティモフェイ
「観客の衆人環視の前で」
ティモフェイ
「そのように……」
ティモフェイ
自分の恥ずかしさの解説をしています。
シャルル
「…………なるほど。」
ティモフェイ
「あれだけ見たら」
ティモフェイ
「熱烈な告白になるのかもわからんが……」
ティモフェイ
「というか、噛み合ってなくなかったか?」
ティモフェイ
「明らかに狂っていただろう」
ティモフェイ
「あれ」
ティモフェイ
いや、狂っていたのだが。
シャルル
「はは。」
シャルル
「なんか……アンタって。」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
墓穴を自覚してかなり閉口しています。
シャルル
「思ったより、普通なんだな。」
ティモフェイ
「は」
ティモフェイ
ぱちと瞬いて。
シャルル
「自分の事、狂ってるとか言ったり。恥ずかしがったりとか。」
シャルル
「まあ……あの、試合の時。いろいろ……凄かったけどさ。」
ティモフェイ
「……凄かった」
ティモフェイ
凄かったとは。
シャルル
「手元に光る剣が出たり。ほら……最後のあれとか。」
シャルル
「救世主って呼ばれてるし、背負うものとか……いろいろあったみたいだし。なんか……」
シャルル
「たった数日の記憶しかない俺でも、その凄さみたいのがさ、わかるっていうか……そんな感じだったのに。」
ティモフェイ
「のに」
シャルル
「『気恥ずかしいだけの話』って。はは……」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
思わずアレクシアを見ます。
ティモフェイ
こういう男だったっけ?
シャルル
「いや、おかしいわけじゃなくて。」
シャルル
「そんな奴がさ。普通っぽいのって……」
シャルル
「…………。」
ティモフェイ
「…………」
アレクシア
「……というか、」
アレクシア
「……どうして気恥ずかしいの?」
ティモフェイ
ぱちり、瞬き。
アレクシア
「たった一人、救いたいと思うのは……」
アレクシア
「……そう、『選んだ』のではないの?」
ティモフェイ
「……あー」
ティモフェイ
「と」
ティモフェイ
「…………」
アレクシア
「世界は、そのひとの目に見える……その全部でしかないんじゃ、ないのかなって」
アレクシア
「……世界でただ一人」
アレクシア
「……たった一人しかいない世界」
アレクシア
「……あなたも、そうなのかなって」
ティモフェイ
「……きみたちは」
ティモフェイ
「きみたちは、そうか」
シャルル
あなたも、という言葉が胸に響く。
ティモフェイ
二人を見ます。
シャルル
つないだ手を見て。
シャルル
「まあ、そうだな。」
ティモフェイ
というより、自分たちがそのようにした、のだが。
ティモフェイ
小さく息を吐き、
ティモフェイ
「……それでも」
ティモフェイ
「きみたちは、互いを見ているだろう」
アレクシア
「……たとえ、相手から見てもらえなくても」
アレクシア
「それはなかったことにならないわ」
アレクシア
「……いること、……あること」
アレクシア
「……変えられない」
ティモフェイ
「…………」
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………消えて、なくなることもな。」
ティモフェイ
「……あー」
ティモフェイ
前髪を軽く乱し。
ティモフェイ
「訂正する」
ティモフェイ
「きみたち、相変わらず、なんというか」
ティモフェイ
「……十分だな……」
シャルル
「そうか?」
ティモフェイ
「コインさえ渡されればすぐに戦えそうだ」
ティモフェイ
「二人で」
シャルル
「そりゃ、なんていうか……光栄、なのか?」
ティモフェイ
「褒めているつもりではある」
ティモフェイ
言ってから首を傾げた。
ティモフェイ
あったのか、と、自分に。
ティモフェイ
「一回戦」
ティモフェイ
「戦った時は、まあ」
ティモフェイ
「相当に手こずらされたな」
シャルル
「……記録でも残ってりゃよかったんだけど。生憎実感どころか、どんな試合だったかも聞いてなくてね。」
シャルル
「だが……『シャルル』がなんか、戦い慣れてたってのと。『アレクシア』のが……ひどい怪我してたのはわかった。」
ティモフェイ
「そうだな」
ティモフェイ
「先に倒れたのは、彼女のほうだった」
ティモフェイ
「きみは彼女を守っていたが、彼女の方が我々にとっては厄介でね」
ティモフェイ
「ああ」
ティモフェイ
思い出したように、頷く。
ティモフェイ
「強固な守りだったよ」
ティモフェイ
「手こずらされた」
シャルル
「あの腕、硬かったもんな。だけど……」
シャルル
「外すときもつける時もすげー痛かった。死ぬかと思った。」
シャルル
「アレクシアの……胸の傷はアンタが?」
ティモフェイ
頷く。
ティモフェイ
「俺たちは蒸気で焼かれた」
ティモフェイ
「熱かったな、あれは」
シャルル
「あ、いや。別に」
シャルル
「恨んでるとかって、わけじゃないんだ。」
シャルル
「2人とも、死ぬほどの怪我じゃなかった。」
ティモフェイ
ティモフェイのそれも、懐かしむような色を滲ませていた。
ティモフェイ
シャルルの続く言葉に彼の瞳を見る。
シャルル
瞳の色は静かだ。嘘を言っている風ではない。
シャルル
「剣ってさ。」
シャルル
「突き刺すのが、一番……殺傷力が高いだろ。」
ティモフェイ
「その隙を」
ティモフェイ
「きみが、与えなかった」
シャルル
「…………そうか。」
シャルル
「じゃ、頑張ったんだな。『シャルル』は。」
ティモフェイ
「食えない男だったよ」
ティモフェイ
「俺の相方はそこの彼女を鞭打ちにしたが」
ティモフェイ
アレクシアを見ます。
シャルル
「鞭打ち……ああ、なるほど。そうか……。」
シャルル
アレクシアを見る。
ティモフェイ
「……かつてのきみは、血相を変えて飛び込んできたし」
ティモフェイ
「それを見守っていた末裔を皆殺しにしようとしていたが」
ティモフェイ
「その後、何事もなかったかのように俺に給仕してみせていた」
シャルル
実感が……ない。まったくと言っていいほどに。
シャルル
「へぇ……『俺』には。できそうにないがね。」
ティモフェイ
「どちらが?」
シャルル
「『給仕』。」
ティモフェイ
「はは」
シャルル
「ははは。」
シャルル
「できそうに見える?」
ティモフェイ
「できるのだな、と思った」
ティモフェイ
どちらがとは言わない。
シャルル
「…………ま、今こうしてさ。話してるだろ。」
シャルル
「それもさ、たぶん。落ち着いていられるのは……アレクシアのおかげでさ。」
ティモフェイ
「記憶を失っても」
ティモフェイ
「いや」
ティモフェイ
「……記憶を失ったから?」
シャルル
「たぶん、どっちも違う。」
シャルル
「記憶を失っただけじゃ、俺はここでアンタに殺されてただろうし。」
シャルル
「正直、記憶を失う前の事なんてわかんないし。」
ティモフェイ
まじまじとシャルルの顔を見ます。
ティモフェイ
「……やはり」
ティモフェイ
「変わらないな」
シャルル
「それ、俺は全然わかんないんだけどな。」
ティモフェイ
「まあ、忘れていればな」
ティモフェイ
「俺は思い出した」
ティモフェイ
「二回、言われた」
シャルル
「何を?」
ティモフェイ
「『頭が沸いている』」
シャルル
「っははは。」
ティモフェイ
「今もまあ、言うだろう」
ティモフェイ
「思えば」
ティモフェイ
「そのまま」
シャルル
「まあ……そうだな。それは……言うな、たぶん。」
シャルル
「でも、今話してるアンタはさ。普通の男に見えるよ。ちょっと頑張りすぎっぽいけど。」
ティモフェイ
「……実際」
ティモフェイ
「普通の男でしかないよ、俺は」
ティモフェイ
「救世主と仰がれようが、望まれようが、何がしかの特別な力を発揮しているように見えても」
ティモフェイ
「俺は、ただの人間でしかない」
ティモフェイ
愚かで醜い卑怯者で、つまらない男だ、
ティモフェイ
とまでは、この二人の前では口にしないが。
シャルル
「やっぱ、頑張りすぎじゃん。アレクシアも、そうだけど。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
少し、黙って。
アレクシア
「……トイトロールを救いたいって、言う、普通のあなたは」
アレクシア
「ここで、勝ったとき……何を、願うの?」
アレクシア
「あなたが本当に願いたいことは、……何?」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「奇跡の力で、全ての人を『救済』する」
ティモフェイ
「俺の」
ティモフェイ
「本当の、望みだよ」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「それは」
アレクシア
「『あなたの世界』?」
ティモフェイ
首を振る。
ティモフェイ
「この世界だ」
ティモフェイ
「この世界で、救済をやりなおして、『救世主』になる」
シャルル
「…………。」
ティモフェイ
「それが」
ティモフェイ
トイトロールを救うために、
ティモフェイ
「俺の望むことだよ」
アレクシア
「……手の届かないものは、きっと、ある」
アレクシア
「取りこぼすことも」
アレクシア
「でも」
アレクシア
「だから、……」
ティモフェイ
「?」
アレクシア
「……あなたは、今」
アレクシア
「大切なものを、本当にまっすぐ、自分で、救いたいと思っているのかなって……」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
心の奥で、
ティモフェイ
疵がうずいた。
ティモフェイ
「……救いたかったよ」
アレクシア
「……まだ」
アレクシア
「トイトロールはそこにいる」
シャルル
トイトロール。
シャルル
『所有者』。
アレクシア
「それを諦めたら」
アレクシア
「……また、『どうして』って、聞かれるんじゃないかな」
アレクシア
「今度は、……自分しか、そう尋ねないかもしれないけど」
シャルル
「…………アンタにはさあるじゃん。」
シャルル
「記憶、思い出。そりゃ……思い出したくないこともたくさん、あるかもしれないけど。」
ティモフェイ
「…………」
シャルル
「どうしろってわけじゃなくてさ。なんつーか……手段っていうか。」
シャルル
「思い出そうと思えば、思い出せるところに。いるんだろ。アンタの……救いたい人は。」
シャルル
「目の前だけじゃなくてさ。そこに、いなくてもさ。」
ティモフェイ
「……ああ」
ティモフェイ
「きみたちとは違って」
ティモフェイ
「思い出せは、するな」
シャルル
「違わないさ。」
シャルル
「俺が、知ってるのは目の前にいるアレクシアだ。昨日も。一昨日も。一緒だった……アレクシアだ。」
ティモフェイ
「…………」
シャルル
「別に。そんな昔の事じゃなくたってさ。思い出せるものは……ある。」
シャルル
「アンタもそうだろ。」
ティモフェイ
「……思い出すよ」
ティモフェイ
「思い出すたびに、再確認する」
ティモフェイ
音もなく息を吸い込んで。
ティモフェイ
「過去は覆らない」
シャルル
「…………アンタが救いたかったものと。」
シャルル
「今、救いたいものって。」
シャルル
「同じなのか?」
ティモフェイ
微笑みを返す。
ティモフェイ
「救いたいと」
ティモフェイ
「そう、思っていることは」
ティモフェイ
「本当だよ」
シャルル
「…………そっか。」
シャルル
「俺は他人事だから、何とでもいえるけど。」
シャルル
「救えるといいな。」
ティモフェイ
「ああ」
ティモフェイ
「全力を尽くすよ」
ティモフェイ
答えて、二人に背を向ける。
ティモフェイ
温室に薄汚れたマントを翻し、扉に手をかけて。
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「ありがとう」
シャルル
「…………ああ。」
アレクシア
「…………さよなら」
ティモフェイ
扉を押し開けて、外に出る。
ティモフェイ
僅かな軋みの音。
ティモフェイ
そうしてまた、外界と温室が隔絶される。
シャルル
「…………ありがとうって言われるようなこと、言ったか?」
アレクシア
「別に、何をしたり、されたりしたわけじゃなくても、」
アレクシア
「……そう言いたいときって、あると、思うよ」
シャルル
「…………そっか。」
シャルル
つないだ手に少し力を込めて。
シャルル
「アレクシア。」
アレクシア
「ん」
シャルル
「救済って、俺たちどうなるのかな。……その前に、死ぬかもしれないけど。」
シャルル
「もし……決勝が終わってて、生きてたらさ。」
シャルル
「それでも、最後まで一緒にいてくれる?」
アレクシア
「……………………、」
アレクシア
「わたしで、いいなら」
シャルル
「…………。」
シャルル
「ありがとう。」
シャルル
向き直って、もう片方の手も取って。
シャルル
「戻ろうか。」
アレクシア
「……ん」
アレクシア
シャルルの手に、ぬくもりは伝わらない。
アレクシア
けれど、その手を小さく握って。
アレクシア
「…………最後まで、……一緒よ」
シャルル
「…………ああ。最後まで。」
シャルル
そう言って、腰を曲げて。

顔を近づけて、少し、迷って。
アレクシア
迷うシャルルに、かすかに笑い。
アレクシア
小さく口づける。
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………もう一回、してもいい?」
アレクシア
「…………、」
アレクシア
「いいよ」
シャルル
今度は、自分から。
シャルル
静かに、唇を重ねた。
*