Dead or AliCe
『16人の救世主』

幕間 Room No.6

メイド8
メイド8
客室6号室――
メイド8
オールドメイドゲーム2回戦Aホール勝者の部屋。
メイド8
勝者である2人はメイドらに運ばれて部屋に戻ってきた。
メイド8
6号室のメイドは待ち構えていたようにドアを開け、2人を出迎える。
メイド8
「おかえりなさいませ。第二回戦、本当にお疲れ様でした」
ティモフェイ
血まみれの惨状のままメイドに出迎えられ、
ティモフェイ
そのことばに、うつろな瞳をわずかに彷徨わせた。
ティモフェイ
黙り込んだまま。
ティモフェイ
メイドの足元に視線が落ちる。
トイ
「た だ いま…」
メイド8
「よく、頑張りましたね」
ティモフェイ
「…………」
メイド8
メイドたちは二人をベッドに寝かせる。
メイド8
取り替えらればかりのシーツが赤く濡れる。
ティモフェイ
ベッドの赤くにじむそのさまを見つめている。
ティモフェイ
この男が刺剣の館のベッドを、自らに用意されたベッドを使うのは初めてのことだった。
ティモフェイ
ずっと。
ティモフェイ
眠るにせよ休むにせよ、この男はベッドを使わずに来たから。
ティモフェイ
壁に背中を預けて俯いてはつかの間の微睡を得る、
ティモフェイ
自分にはそれで十分だと片付けてきたのが、
ティモフェイ
今は、こうしてベッドに横たわり。
ティモフェイ
そして。
ティモフェイ
ふいに布団をたぐると、
ティモフェイ
ばふ、と頭からそれを被って丸くなった。
トイ
ティモフェイにくらべると軽症の男。
トイ
6号室のメイドを見上げる。
メイド8
あなたがたは救世主で、更に多くのコインを手に入れた。仮に命に関わるケガをしていたとしても、身体はそれすら治してしまえるだろう。それだけ6ペンスコインの力は絶対だった。
ティモフェイ
だから今までと同じ。ベッドを使う必要も本来はない。
メイド8
逡巡する。
ティモフェイ
それがぐだぐだと布団に潜り込み、今はその中で丸くなっている。
トイ
「…、どうしよう」
メイド8
それでも治療する準備はあった。ケガを治す必要はなくても、治療は意味があること――それを必要とする者にとっては。
トイ
「血を止めたいんだけど…」
トイ
ティモフェイのベッドを指さし。
ティモフェイ
じわと、
ティモフェイ
シーツから血が滲む。
メイド8
「わかりました。大丈夫ですよ」
トイ
「……」
ティモフェイ
四たび判決を乗り越えて帰還。
ティモフェイ
自分が最後まで立ち続けたのは、
ティモフェイ
果たして、
ティモフェイ
何が理由だったか。
ティモフェイ
理解している。
トイ
ベッドから立ち上がり、丸くなるティモフェイの傍へ寄る。
ティモフェイ
シーツに滲む血の色はあざやかだった。
トイ
端に腰掛ける。ベッドが沈む。
ティモフェイ
「っ」
メイド8
メイドは机においてあった箱を開く。医療道具が入っている。
ティモフェイ
息を呑み。
ティモフェイ
呼吸を殺す。
メイド8
「私が手当をいたします。ご安心ください。すぐに良くなりますよ」
トイ
「…………」
ティモフェイ
「……放って」
ティモフェイ
「お、けば」
メイド8
トイの頭をぽんと軽く撫でた。
ティモフェイ
「それでも、俺は」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「……救世主だろう…………」
ティモフェイ
あきらめたような、
ティモフェイ
声。
メイド8
「意固地な方」溜息をついて言う。
トイ
「使用人さん ちょっと…」
メイド8
首を傾げる。
トイ
「……そうだ、水――いや、湯を沸かしてもってきて」
メイド8
仮面に隠れて伝わらない表情を、補うように身振りが大きい。ことトイに対しては。
メイド8
「かしこまりました」
トイ
懐いている6号室のメイドの、いつも興味を惹かれる身振り手振りも。
トイ
今は気もそぞろ。気になっているのは眼下の…重症の男だ。
ティモフェイ
「…………」
メイド6
キッチンには戻らず、バスタブにお湯を出している。
ティモフェイ
「……トイ」
ティモフェイ
「トロール」
ティモフェイ
布団の下から、引き絞るような声。
トイ
「………」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「……俺は」
ティモフェイ
逡巡。ためらい。
ティモフェイ
のどのひきつれた呼吸の音。
トイ
布団の上からそっと手が添えられる。
トイ
苦し気な呼吸をいたわるように。
ティモフェイ
シーツの白に滲む血の、あかいろ。
ティモフェイ
「俺は――」
ティモフェイ
「君個人に対して」
ティモフェイ
「なんの興味も、ありはしないんだ……」
トイ
「…………」
ティモフェイ
やさしげに添えられた手のひらに、
ティモフェイ
返る言葉は、吐き出すような懺悔。
トイ
意を決したように、その手が
トイ
ティモフェイの布団をめくる。
トイ
その顔を覗き込む。
ティモフェイ
「……っ」
ティモフェイ
惑ったような視線がトイを向いて、
トイ
目の焦点はあっているか…?
トイ
確かめる。
ティモフェイ
その瞳に光の気配は薄い。
ティモフェイ
けれど、
ティモフェイ
正気は、辛うじて。
ティモフェイ
唇を引き結ぶ。
トイ
「………ティモ、フェイ…あのさ…」
トイ
「お前……」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
今もなお蹴り込まれた傷から血が溢れて、シーツを汚している。
ティモフェイ
トイトロールを見ている。
トイ
なんていったらいいか。
トイ
どういったらいいか。
トイ
「……」
トイ
「裁判の時、正気を失って心にもないこと言ったのか」
トイ
「それとも、本当のことが口から出たのか」
トイ
「……どっちだ」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
布団を掴んだ。
ティモフェイ
引っ張る。
トイ
逃げないように、顔を両手で挟み。
トイ
自分の方へ向ける。
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
観念したように息を吐き、まぶたを伏せた。
ティモフェイ
「……本音だ」
ティモフェイ
「本音だよ」
ティモフェイ
「あれが」
ティモフェイ
「あれが、すべて」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「だから」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「てっきり、あそこで罰が、下るものだと」
ティモフェイ
「あの、女王が……」
ティモフェイ
儀をしくじった俺に処刑を言い渡したあの女のように。
ティモフェイ
自分に罰を下すものだと、信じていたのに。
トイ
本音だと。
トイ
その言葉を聞いて、息をのむ。
トイ
たじろぐ。
ティモフェイ
その瞬間に布団を引き、
ティモフェイ
またがばりと頭から被った。
メイド6
桶にお湯をたたえて持ってくる。湯気がもうもうと立ち上っている。
トイ
…トイの心の中に一番にやってきたのは、恐怖だ。
ティモフェイ
布団の塊になっている。
ティモフェイ
いつもはトイトロールのよくやる仕草。
トイ
思ってもみなかった。
メイド6
テーブルにそれを置く。
ティモフェイ
それをティモフェイは棒立ちに見守っていたものだが。
トイ
トイトロールは、自分に予想できない人間の行いを何よりも恐怖している。
トイ
本音?
トイ
それはいつから?
トイ
最初から?
トイ
『いままで、自分はこの男の何を見てきたのだろう?』
ティモフェイ
「……だい」
ティモフェイ
「だいじょうぶ、だ」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「俺は、きみを」
ティモフェイ
「すく、……っ」
ティモフェイ
とちゅう、
ティモフェイ
声が、
ティモフェイ
ひきつれる。
メイド6
戦くトイの様子と、布団の塊を交互に見る。
トイ
「ティモ 、フェイ…」
ティモフェイ
喉に引っかかったように声が喉に押し込められて、
トイ
この男は一体どんな人間だった?
ティモフェイ
言い切ることができずに、
トイ
救世騎士として、救世主としてしか
ティモフェイ
「…………っ」
メイド6
溜息をつく。
トイ
見てこなかった自分に。
ティモフェイ
「それ、が」
ティモフェイ
「それしか」
ティモフェイ
「俺は、そうすることしか」
ティモフェイ
「きみに」
ティモフェイ
「きみの、犠牲に」
トイ
今更ながら、この人間が自分の想像できない何かを持っていて。
ティモフェイ
「……っ」
トイ
ティモフェイ、というひとりの人であると
トイ
感じ始めている。
メイド6
ベッドに歩み寄り、布団の下に手を突っ込み、その端を探るように掴む。
メイド6
力ずくでひっくり返し、布団を剥ぐ。
ティモフェイ
「~~~~っ」
ティモフェイ
うつむき。
メイド6
「観念してくださいませ、救世主様」
ティモフェイ
顔を隠したまま、
メイド6
「あなたの手当を致します」
ティモフェイ
ずたずたの服に血を滲ませて。
トイ
「やめ」
トイ
「優しくしてやってくれ」
メイド6
「大丈夫ですよ」とトイにはほほ笑みかけ。
ティモフェイ
両のてのひらで、顔を覆う。
トイ
うつむくティモフェイの傍に顔を近づける。
ティモフェイ
首を振る。
メイド6
「いいですか。あなた様のためにこうするんじゃありませんよ」
トイ
「…痛い?」
ティモフェイ
また首を振る。
トイ
「でも……」
トイ
こんなに血が出てる。
メイド6
「これが私の仕事で、これが私の意志だから世話をするのです」
ティモフェイ
「…………」
メイド6
「遠慮されるの、困るんですよ」
ティモフェイ
トイトロールにも。
ティモフェイ
メイドにも。
ティモフェイ
なにひとつ返せないまま、
ティモフェイ
打ちひしがれたように肩を落とした。
メイド6
まずは血に濡れ、破けた服を取り除く。
メイド6
手袋が赤く濡れていく。
ティモフェイ
傷だらけの身体があらわになる。
ティモフェイ
真新しいもの。古いもの。
メイド6
お湯を浸したタオルで拭う度、その傷の所在が明らかになる。
トイ
「……うっ…ぅ」
ティモフェイ
二回戦の戦いで負ったもの、
ティモフェイ
堕落の国に堕ちてからのもの、
トイ
ティモフェイのきずに、涙が落ちる。
ティモフェイ
処刑される前の狼藉で負わされたもの、
ティモフェイ
そのすべてに平等に、
ティモフェイ
トイトロールの涙が落ちる。
ティモフェイ
されど彼に癒やしの力はなく。
ティモフェイ
傷は傷のまま、そこに残る。
トイ
冷たい涙。
メイド6
ティモフェイ様が己のすべきこと、としてトイ様を救うというのであれば。
メイド6
これくらいの『出過ぎた真似』は、許されるはずだ。
トイ
「ティモフェイ、喋れる…?」
トイ
痛いだろうし、苦しいだろうから。
ティモフェイ
「……まだ」
ティモフェイ
「まだ、戦える」
ティモフェイ
「から」
ティモフェイ
「まだ……」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「きみしか、俺を」
メイド6
軟膏をガーゼに厚く取り、傷に塗布する。
ティモフェイ
「救世主とする者は、……っ」
メイド6
傷を白く塗りつぶすように。
ティモフェイ
傷にしみて、息をのみ。
トイ
「なんで…だって……」
ティモフェイ
言葉が途切れてひきつれて、
トイ
力でいう事をきかせて来たと思っていた。
ティモフェイ
唇を噛む。
トイ
それは全て幻想だったのか。
トイ
「殴って蹴って、怒鳴って」
トイ
「だからお前はオレの機嫌を取ってる」
トイ
「そうおもってた」
トイ
「おもってたのに…」
ティモフェイ
「そんな」
ティモフェイ
「そんなことは、どうでもいい……」
ティモフェイ
「俺が、きみの機嫌を」
ティモフェイ
「正しく窺ったことがあったか?」
ティモフェイ
「きみの内面に踏み込んで」
ティモフェイ
「それを理解し、癒そうとしたことが」
ティモフェイ
「一度でも?」
ティモフェイ
「俺は」
トイ
「じゃあどうして…」
ティモフェイ
「俺が、きみに」
ティモフェイ
「きみという個人に」
ティモフェイ
「向き合ったことが」
ティモフェイ
「一度でも、あったか?」
トイ
そうだ。
トイ
ティモフェイは、裁判で。他はすべてどうでもよいといった。
トイ
トイを救うと。
トイ
だが、
トイ
彼らは個人として向き合っているか。
トイ
彼らの間にあるものは…
トイ
愛ではないだろう。情ではないだろう。

責任という言葉では軽すぎる。
トイ


――これは、『信仰』ではないか?



トイ
肉体を持つ男ではない。その先にある、魂への。
トイ
トイトロールが持つもの。
トイ
『清らかな魂』。
トイ
忘却の国の、生贄にふさわしい 

かつての彼の恋人マルタや、アンジェラがもっていたもの。
トイ
そう、トイはなにも違わない。
トイ
普通に育てば、マルタやアンジェラと同じように無垢にそだったものを
トイ
大切にされなかったというだけで、ここまで悪辣に、暴虐に、淫乱に歪んである。
トイ
『大切にされなかった』?
トイ
いや、『ティモフェイと顔が似ていたから』。
トイ
そこから始まった不幸によって
トイ
こうなった、という証明としてティモフェイの前にある。
ティモフェイ
だから、
ティモフェイ
だからティモフェイには、トイトロールを救う責任がある。

ティモフェイ
ティモフェイの存在がために不幸に巻き込まれた彼に対する、責任がある。
ティモフェイ
そして何より、ティモフェイが救いたかった者の持っていたものを。
ティモフェイ
清らかな魂を、トイトロールは持っている。
ティモフェイ
自分の手が届かなかったものを。
ティモフェイ
何よりも救いたかったものをトイトロールは持っていて、
ティモフェイ
 
ティモフェイ
『そんなことは、どうでもいい』。
ティモフェイ
「……ちがう」
ティモフェイ
「ちがう、んだ」
ティモフェイ
「俺は、君に強いられることが」
ティモフェイ
「きみが……」
ティモフェイ
「俺を、いまでも」
ティモフェイ
言い淀む。
ティモフェイ
唇を噛み締めて血を滲ませて、
ティモフェイ
ああ、
ティモフェイ
それは、
トイ
「いまでも…?」
ティモフェイ
あの悪魔の鏡の言い当てた、
ティモフェイ
なんと醜い、真実か。
ティモフェイ
「――俺を、いまでも、救世主として扱うのが!」
ティモフェイ
「きみだった!」
ティモフェイ
「きみ、だったから、……ッ」
ティモフェイ
背を折る。ガーゼを当てられた傷が疼く。
ティモフェイ
全身の傷がひどく痛んで、
トイ
暴れないように手で押さえる。
トイ
その手に血がうつって、ついて。
ティモフェイ
それが醜い真実から気をそらしてくれたらよかったのに、
ティモフェイ
この程度では、
ティモフェイ
この程度の痛みでは、足りなかった。
ティモフェイ
「……お、れが」
ティモフェイ
「俺は、救世主じゃあ、ないんだ」
ティモフェイ
「トイトロール」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「違う」
ティモフェイ
「違うんだ」
ティモフェイ
「俺にはその資格がない」
ティモフェイ
「救世主なんかじゃあない」
ティモフェイ
「きみは」
ティモフェイ
「きみの、犠牲に」
ティモフェイ
「意味はなかった……」
ティモフェイ
ティモフェイがために。
ティモフェイ
ティモフェイと同じ顔をしていたがために、救世主のまねごとをさせられて、
トイ
「……っ…… ……」
ティモフェイ
救世主の代わりに、その痛みを引き受けさせられた、あわれできよらな魂。
ティモフェイ
それに意味のないことなど、
ティモフェイ
最初から、
ティモフェイ
自分は理解していたのに。
トイ
「うぅ……ぅぅ」
メイド6
「何言ってるんですか。救世主様は救世主様ですよ」
トイ
「うぅう ぅああん…」
メイド6
ガーゼを貼り終え、包帯を取る。
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
トイトロールの涙を落とす様に、慰めの言葉ひとつかけられはしない。
トイ
「裁…判で」
トイ
「オレをたすけてくれた」
トイ
「お前はなんどもたちあがって」
トイ
「勝ったよ……」
ティモフェイ
メイドの言葉に反駁するほどの力もなく。
トイ
「うっ…ぅぅ」
ティモフェイ
「……俺が死ねば」
メイド6
枕を身体の下に挟み入れて、隙間を作る。
ティモフェイ
「きみが、死ぬだろう」
メイド6
手際よく巻いていく。
ティモフェイ
されるがままに天井を仰ぐ、
ティモフェイ
瞳は何も映さぬまま。
メイド6
末裔にとっては、どのような人物であろうと、救世主は救世主だ。
ティモフェイ
「俺を救世主と思う者が、いなくなる」
ティモフェイ
「それが」
ティモフェイ
「嫌だっただけだ……」
ティモフェイ
末裔にとっては、そうだろう。
トイ
この館に来る事になった理由。
ティモフェイ
末裔は異世界からの来訪者を、6ペンスコインを持つ者を。
メイド6
誰も彼もどうかしていて、魂の清らかさなど関係なく、どんな容姿とも関わらず。
ティモフェイ
皆救世主として仰ぎ、彼らに力を尽くし、期待をかける。
トイ
オールドメイドゲームに参加するため。
トイ
トイトロールが儀式に参加したのは、ティモフェイを儀式に参加させるため。
ティモフェイ
だから、
ティモフェイ
ティモフェイにとっては、『足りない』。
トイ
儀式を成立させるために、自らの命を賭した。
ティモフェイ
末裔の言葉も声も、自分が救世主であるという自信にはつながらない。
ティモフェイ
トイトロール。
トイ
じゃあそれは、
ティモフェイ
トイトロールの、願いだけが。
トイ
そもそも『生贄』じゃないか?
ティモフェイ
自分を救世主たらしめるもので、
ティモフェイ
ああ、
ティモフェイ
とうにその資格のないことを、頭では理解していたはずなのに!
ティモフェイ
それでもなお。
ティモフェイ
それでもなお自分は、
ティモフェイ
救う側で、ありたいなどと。
トイ
「……ティモ、フェイ」
ティモフェイ
その傲慢が運の尽き、
トイ
「救ってくれよ」
トイ
「約束した」
ティモフェイ
その傲慢が、
トイ
「覚えてるっていった」
ティモフェイ
きっと彼を巻き込んで、
トイ
「おまえ、救うっていったよ…」
ティモフェイ
二人揃って、堕落の国の底の底。
ティモフェイ
オールドメイドゲームの果てへと。
ティモフェイ
「…………」
トイ
「本音だっていっただろ」
トイ
「救いたいって言ったのは本音だって……」
トイ
「資格なんてわからないよ…」
トイ
「神様がいるって信じるのとおなじなんだ」
トイ
「目に見えたことないし」
トイ
「耳に聞こえた事もない」
トイ
「お前が本物の救世主だって事は、」
トイ
「それでも祈らずにいられない」
トイ
「何かなんだよ…」
ティモフェイ
「……だ、けど」
ティモフェイ
「俺は」
ティモフェイ
「きみを救うすべを、知らない」
ティモフェイ
「……わからない」
ティモフェイ
「わからないと、言っただろう……」
トイ
「…同じことをしてるんだよ!」
トイ
「世界を救ってって言ってるのに!」
トイ
きみを、生贄を救うという。
ティモフェイ
「…………」
メイド6
包帯を巻き終えて結ぶ。
トイ
「……ふふ…でも…少し腑におちた」
トイ
涙声。
メイド6
枕を引き抜いて、ゆっくりと身体をベッドに横たえなおす。
ティモフェイ
ぼんやりとメイドを見上げる、血まみれの男の顔。
トイ
「お前は、ずっとそういう生き方をしてて」
トイ
「だから儀式をやめちゃったんだ……」
トイ
「それはわかった……」
ティモフェイ
「……?」
ティモフェイ
「……そう」
ティモフェイ
「いう」
ティモフェイ
おうむ返しに唇をうごかす。
トイ
「……ティモフェイ、

世界を救ってくれないの?」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
ふいと顔を逸らして息をつき、
ティモフェイ
「俺は、この世界に興味はなく」
ティモフェイ
「……きみという個人にも」
ティモフェイ
「興味が、ない」
ティモフェイ
そこで一度、黙り込む。
トイ
手が伸びる。
トイ
そらした顔を自分の方へ向け。
トイ
「……目を見て言えよ!」
ティモフェイ
痛みを糊塗するような仏頂面で、けれど眉を寄せて。
トイ
青い瞳が涙に揺れる、
ティモフェイ
その瞳に涙はなく。
トイ
ゆらゆら、きらきらと空の広がるように。
ティモフェイ
トイトロールのために流す涙のひとしずくも、
ティモフェイ
未だこの救世主の中にはない。
ティモフェイ
「……きみに」
ティモフェイ
「きみが誰であっても」
ティモフェイ
「俺は、どうでもいいんだ……」
トイ
「オレにはどうでもよくないよ」
トイ
「救世主はお前じゃなくちゃダメなんだ」
ティモフェイ
「……なら」
ティモフェイ
「きみのほうが、救世主には、ふさわしかったのだろうな」
ティモフェイ
「俺のような出来損ないよりも、きみのほうが」
ティモフェイ
「きみのほうが、よほど」
トイ
そうだ。
トイ
何度思ったことか。
ティモフェイ
「正しく」
ティモフェイ
「正しく、いられるだろう……」
トイ
ティモフェイに流れる血。その血筋だけが
トイ
自分にあったなら。
ティモフェイ
救世主の血は夥しく寝台を汚している。
トイ
「…そうだよ……」
トイ
「オレなら儀式を途中で止めたりしなかった…」
トイ
「オレならひとりのためにみんなを犠牲にしたりしなかった」
ティモフェイ
「ああ」
ティモフェイ
「……ああ」
トイ
「オレなら、儀式をできなくなったらそれを隠したりせずちゃんと言った…」
ティモフェイ
頷く。
トイ
「うう」
ティモフェイ
「きみが」
トイ
「う あぁん」
ティモフェイ
「きみが救世主なら」
ティモフェイ
それを、
ティモフェイ
言ってはならなかった、はずなのに。
ティモフェイ
「よかった」
トイ
「うあぁ――ん…」
トイ
泣いている。
ティモフェイ
横たわったまま、泣き咽ぶ男の顔を見上げている。
ティモフェイ
「きみを」
ティモフェイ
「救いたいと思っているのは、本当なんだ」
ティモフェイ
「でも、それは俺のためだ」
ティモフェイ
「俺のためでしか、ないんだ」
ティモフェイ
「きみのためにきみを救いたいんじゃない」
ティモフェイ
「俺が」
ティモフェイ
「俺が救世主であるために、きみを、救いたい」
ティモフェイ
「……だから」
ティモフェイ
だから、と。
トイ
「うぅっ……うっく……」
ティモフェイ
「……俺は、救世主にはなれない」
ティモフェイ
「救世主なんかじゃ、ないんだよ」
ティモフェイ
「トイトロール」
トイ
嗚咽に肩を震わせて、何か応答しようとした息が漏れる。
ティモフェイ
「こんな男の救済に」
ティモフェイ
「何を、期待することがある?」
ティモフェイ
「……今までの戦いだって」
ティモフェイ
「俺は、きみを救うというポーズを取ってきただけだ」
ティモフェイ
「いや」
ティモフェイ
「きみを救いたい」
ティモフェイ
「それが本音でも」
ティモフェイ
「そのために、どうすればいいか」
ティモフェイ
「俺はまったく理解していなかった」
ティモフェイ
「……今だって、できていない」
ティモフェイ
「ただ、勝ち抜くことだけが証左だった」
ティモフェイ
「きみを救おうとしている」
ティモフェイ
「きみを救うための、努力をしている」
ティモフェイ
「そのためだけにあの女主人と従者を打ち破り」
ティモフェイ
「女王と鏡を斃して、生き残った」
ティモフェイ
「……けれど」
ティモフェイ
息をつく。
ティモフェイ
「……もう一度、勝ち抜いた時に」
ティモフェイ
「果たして何を得、何を願えばいいのか」
ティモフェイ
「今になって」
ティモフェイ
「俺には、わからない」
トイ
震えるからだから荒い息が漏れる。
トイ
「ふふ」
トイ
「…ははは……」
ティモフェイ
「……?」
トイ
「寒い…」
トイ
「さむいんだよ…」
ティモフェイ
ぼんやりとトイトロールを見上げている。
トイ
「……お前言っただろ さっき中庭で」
トイ
「さむいって」
トイ
「オレはずっとさむいよ」
ティモフェイ
「…………」
トイ
トイはいつも雪の中心にいる。
トイ
「オレを救うなら、この雪を祓ってくれ」
ティモフェイ
ぱち、と瞬き。
ティモフェイ
「……そんなことのためだけに」
ティモフェイ
「奇跡を、使うか?」
トイ
首を横に振る。
トイ
「オレの願いはかわらない」
トイ
「世界を救うんだ」
ティモフェイ
「……トイトロール」
トイ
「オレが犠牲になって、世界で、災害で死ぬ人がいなくなれば」
トイ
「誰の故郷もつぶれなければ」
トイ
「裁判とか、なんだとか…世界の残酷なことわりがなくなれば」
トイ
「……堕落の国でも花が咲けば」
トイ
「その花の色に、オレは満足するよ」
ティモフェイ
「…………」
トイ
いまだなお、まさしく生贄にふさわしい。
ティモフェイ
「トイトロール」
トイ
「……」
ティモフェイ
「再三、言うぞ」
ティモフェイ
「俺はきみ個人に対する興味を持たない」
ティモフェイ
「俺は、きみに対して」
ティモフェイ
「俺を真に救世主として扱うという、その意義でしか」
ティモフェイ
「君を救いたいと思っていない」
ティモフェイ
「つまり」
ティモフェイ
「つまらない男で」
ティモフェイ
「偽善者で」
ティモフェイ
「卑怯者だ」
トイ
「…………そうだな」
ティモフェイ
「…………」
トイ
「オレお前がどんな人間か知らないままだったから」
トイ
「そうなんだ……」
ティモフェイ
「?」
トイ
「いいよ…」
トイ
「真に救世主として扱うという、その意義に価値を感じるなら」
トイ
「世界を救って欲しい」
トイ
「本当にそれだけ…」
ティモフェイ
「…………」
トイ
「それだけなんだよ……」
ティモフェイ
「……それだけ」
ティモフェイ
かつて、
ティモフェイ
かつて、あれほどに願ったことが。
ティモフェイ
救いたいと。
ティモフェイ
みなが笑う世界を求めたことが、
ティモフェイ
今は本当に、心の底から。
ティモフェイ
「それだけで、いいのか」
ティモフェイ
それだけ、と、思えてしまった。
ティモフェイ
――だから、きっと自分は、本当に救世主失格なのだ。
トイ
うん、とうなずく。
ティモフェイ
末裔がなんと言おうとも。この世界ではそのように呼ばれても。
ティモフェイ
資格はとうに失っている。
ティモフェイ
資格がない。価値がない。
ティモフェイ
死ぬべきだった。
ティモフェイ
ずっと前から、そうなっているべきだった男が、
ティモフェイ
それでも、ただ一人。
ティモフェイ
トイトロールに望まれている。
ティモフェイ
ただ一人に、
ティモフェイ
『ティモフェイが救世主であること』を、願われている。
ティモフェイ
それが。
ティモフェイ
そのことが、唯一。
ティモフェイ
「トイトロール」
トイ
「ティモ、フェイ…」
ティモフェイ
自分と同じ顔が年甲斐もなく涙を流している様子を見ると、正直勘弁してほしいという気持ちになるが。
ティモフェイ
けれどこの男のために救世主として立ち続けることには、
ティモフェイ
どうやら自分の中では、異論はないようだった。
ティモフェイ
「きみ」
ティモフェイ
「名前はないのか」
ティモフェイ
「トイトロールというのは、ほんとうの名ではないだろう」
トイ
「名前は……」
トイ
「わすれたんだ」
トイ
「雪にさらわれた」
ティモフェイ
「…………」
ティモフェイ
「そうか」
ティモフェイ
なら、新しい名前が要る。
ティモフェイ
そう心の中でだけ思って、けれど言葉には出なかった。
ティモフェイ
「トイトロール」
ティモフェイ
自分が呼びかける名はこれでいい。
トイ
「………?」
ティモフェイ
”この”トイトロールと半年間共に在り続けてきたのだから、
ティモフェイ
最後の最後で何を加えても、蛇足というものだ。
ティモフェイ
「きみを救うよ」
トイ
「…二度と」
トイ
「逃げるなよ」
トイ
「失格だとか、資格がないとか」
トイ
「そんなの逃げだ」
ティモフェイ
「……ああ」
トイ
「っ覚悟を決めて…」
トイ
「オレを『救えよ』」
ティモフェイ
「ああ」
ティモフェイ
頷いた。
ティモフェイ
「『救うよ』」
ティモフェイ
静かな客室に、
ティモフェイ
その柔らかな声は朗々と。
ティモフェイ
響いてそして、
ティモフェイ
雪が降る。
ティモフェイ
しんしんと。
トイ
よく泣くこの男もすこし笑ったようだった。
トイ
ゆっくり、ティモフェイの首に手が伸びる。
ティモフェイ
トイトロールの頭の上と、
ティモフェイ
そうしていつしか、
ティモフェイ
ティモフェイの頭の上にも。
ティモフェイ
忘却の国の、雪が降る。
トイ
その首に長いこと、この半年余り巻き付いていた首輪の掛け金が外されて。
トイ
鎖ともども放り捨てられる。
ティモフェイ
雪を背に。
ティモフェイ
血まみれのまま、笑った。
ティモフェイ
「もう、必要ないか?」
ティモフェイ
その肌が凍えている。
ティモフェイ
血に濡れた髪が雪に固まって、
トイ
こくりとうなずく。
ティモフェイ
赤い結晶となって、ちらちら落ちる。
ティモフェイ
微笑みに息をついて、忘却の雪を見上げた。
ティモフェイ
何もかもを覆い尽くす雪。
ティモフェイ
想いも願いも、奇跡さえも、
ティモフェイ
その白い中に封じ込めてしまう、忌まわしき雪。
ティモフェイ
けれど忘れないだろう。
ティモフェイ
走り続ける限りは、
ティモフェイ
『トイトロールの救世主』として、このオールドメイドゲームを戦い抜く限りは、
ティモフェイ
胸に懐いたこの想いを、きっと忘れることはないのだろう。
ティモフェイ
……それで、十分だった。
ティモフェイ
ティモフェイというただ一人の愚かな男にとっては。
ティモフェイ
積み重ねてきた犠牲を無に返してでも最後の一人、
ティモフェイ
少女を見捨てられなかった男が、
ティモフェイ
最後の最後、ただ一人のためだけに、世界を救うと心に誓った。
ティモフェイ
その事実だけは、決して。
トイ
だからここにいるのだろうか。
トイ
だから巡り合ったのだろうか。
トイ
儀式を成立させるための『清らかな魂』。
トイ
救世主を求める『堕落の国』。

奇跡の儀式『オールドメイドゲーム』
トイ
そして、心折れた救世主、ティモフェイ。
トイ
世界を救うための歯車を一つ一つかき集めて、
トイ
静かに嵌めて回していく。
メイド6
メイド6
メイド6