幕間 Room No.2
メイド2
まだその命運を知らない虚月と夜目菜は、居室にて緩やかな時を過ごしていた。
メイド2
「失礼いたします。お茶のご準備ができました」
夜目菜
糸を切る、糸を手繰る、糸を編む、糸を撚る。
メイド2
そう言って現れる客室もまた、その命運を知らぬ1人。
メイド2
「飾り付けの方、だいぶ進んできましたね」
夜目菜
手元には赤い紐。寝台には同じく紐。
お守りであり、装飾であり、かの国での、彼女たちの祈りの形。
夜目菜
寝台に投げ出していた足を揃えてそこから降りる。
虚月
「おや、好い所に。」
手元には赤い結び紐。
神の方は不器用なようで、ほとんどは手遊びのようなものである。
メイド2
淹れてきた茶はジャスミンとローズ、緑茶のフレーバード。
虚月
テーブルの上の飾り紐を少し横に避けて促す。
「見事なものですね。これは貴女が?」
メイド2
小さく頭を下げて。夜目菜が纏わることを、そのままに受け入れながら手を動かす。
メイド2
メイドは夜目菜が虚月の世話をしようとするとき、あえて手出しをしない。
メイド2
大切な人の世話をする喜びを知っているからだ。
虚月
当然であるようにその場所に座して その手さばきを眺める。
夜目菜
うれしそうにその向かいの椅子を引いて、自分も腰を下ろそうとして。
虚月
「……そうですか、それでは。」
自分の元に置かれたカップをメイドのほうへと。
メイド2
「それでは虚月様のお茶がなくなってしまいます」
メイド2
そうして尋ねるものの、その腹づもりはメイドもすぐにわかっている。
虚月
「……ふふ、そうではありませんが……これはこちらからの歓迎です。」
メイド2
わかっていても尋ねるのが、会話という愉しみだ。
虚月
神というものは飾られるもの。 そこに居るのがいつものこと。
メイド2
「左様でございますか……では、いただきます」
虚月
「せっかくの茶の席です、人は多いほうがいい。」
夜目菜
「……では、よめなはかみさまのお膝に座りますね!」
虚月
「ああ、それは良い。」
手を伸べて、膝に乗せる。
夜目菜
人の多い場は得意ではないが、こうして三人で過ごす方法は、知っている。
メイド2
小さく頭をさげるだけでも、兎の白い耳は大きく揺れる。
メイド2
――この堕落の国にて茶は高級品だ。生まれ育った村は貧しく、村一番の金持ちも、一度や二度口にした程度のことらしい。
虚月
この場所に墜ちてきて、いくつか食べ物を恵まれたこともあった。
虚月
けれど、この館にあるのはそのどれよりも豪勢で、物珍しいものばかり。
メイド2
そんなものを自分が口にしていようとは、不思議なこともあるものだと思う。
虚月
「……おいしいですか。」 それはよかったと。
口に入れることはないが、そのひとつひとつを、面白がっているよう。
夜目菜
両手で包んだティーカップを、掲げて見せる。
虚月
首をゆるりとふって
「それならば、胎の子に分けておやりなさい。」
虚月
よいことだと、言うように やわらかに頭を撫でる。
夜目菜
かの国では、似たような獣の一部を持つものを『狐狸』と呼んだ。
夜目菜
ここでは『末裔』というらしい。自分たちを『救世主』と呼ぶ彼らを、多く、見てきた。
夜目菜
初めはてっきりメイド、というのが名前なのかと思ったけれど、
夜目菜
複数人が同じように呼ばれているのを見るに、恐らく使用人というような意味なのだろう。
虚月
「おお、そういえば。
まだ名を聞いていませんでしたね。」
メイド2
「私は客室2号室のメイド、それ以上でもそれ以下でもございません」
虚月
神は侍女達の名を気にすることはない。
こういう事柄はいつも夜目菜が口にする。
虚月
特にこの贄の娘、夜目菜はよく侍女に懐く性質のものだった。
メイド2
「ここのメイドに決まったとき、それ以来、名前は覚えておりません」
虚月
ふうむ、と首を傾ぐ。
「しきたり……いえ、もっと儀式的なものでしょうか。」
メイド2
「いいえ、お訊ねいただいたことは、光栄なことです」
メイド2
「恐らくは。そうして名を捨てることから、儀式は始まるのです」その言葉は虚月へ。
虚月
堕落の国の中でも……ここは随分と不思議な場所だ。
貧しい景色の中に忽然とある豪華な屋敷、
美しい装飾の数々、そして茶席。それは少しだけ、歪だ。
虚月
「……それは、意地悪な神もいるものですね。」
夜目菜
視線を上げて、”かみさま”の顔を見上げる。
虚月
奇跡を求め、観衆を集め、共に殺しあう。
元より命など軽いものだが、神であった者として……思う所もある。
夜目菜
すべらかな顎から整った鼻、長い睫毛を、下から覗く。
メイド2
「神の御業かはわかりません。が、私は意地悪とは思っておりませんよ」
メイド2
中身の減ったカップに白い砂糖をさらりとひとさじ。
メイド2
「名前を手放すことが、その一端にあるのでしょう」
メイド2
「すべてを一度に捨てることは恐ろしいかもしれません。しかし、一つ一つ捨ててきて、その準備をしてまいりました」
虚月
「……………。」 贄の少女の胎を撫でる。神のもとには香りだけが漂う。
虚月
今や、手元にある命はこれひとつ。
それは ほんとうに正しいことだったのか。
メイド2
「この客室2号室に仕えることができて、本当に幸せです」
夜目菜
「では……かみさまと、よめなと、めいどさんは、たいへん佳い糸で結ばれたのですね」
夜目菜
その頭の上の曖昧な微笑みを知ることはなく。
虚月
「私もできるかぎりの、贅をつくしましょう。」
虚月
「……貴女に祝福を。」
ひとつの結び紐を手渡す。
虚月
「……とはいえ、この館で私が出来ることはこれくらい。」
メイド2
無作為に配られたカードのように、その巡り合わせは気まぐれ。
メイド2
同じ数字が二枚揃えば結びつき、それは手を離れる。
虚月
はた、と元気に飛び跳ねるそれに 気付いたように。
虚月
「……ふふ、そうですね。
貴女には、期待していますよ。」
メイド2
やがて至る宿命に向けて、巡り合わせたのは違いない。
メイド2
あるいはそれを、不吉な出会いと呼ぶ者もいるかもしれない。
メイド2
けれども、そうでなければ出会わなかった。
メイド2
「私はメイドでございますから。身の回りの世話をさせていただけるだけで、それ以上の喜びはございません」
メイド2
「あなた様が神様であっても、あるいはそうでなかったとしても」
メイド2
「私の大切なお客様、救世主様でございます」
夜目菜
期待されている、望まれている、選ばれている。
夜目菜
それがこの贄の娘の、己の信ずる価値だから。
夜目菜
「めいどさんは、……ええ、しあわせです。かみさまと巡り合えたのだもの」
虚月
その言葉を聞いて、なにか強張ったものが溶けていく。
……ほんとうに彼女にとってはそれが全てなのだろう。
虚月
「巡りに感謝を。」 ひとつ、茶菓子を手にとって。
虚月
口に運ぶ。 ここにきて久しぶりの味は、とても甘い。
夜目菜
見上げるその”神”の口元に、小さな指が触れる。
虚月
「……おや。」 口元を緩めてから、差し出す。
虚月
蛇に体温はない。
触れる指先はいつもあたたかなものだった。
メイド2
「ゲームですか。それならば、トランプなどいかがでしょう」
メイド2
「オールドメイドゲーム。この儀式の由来となったゲームでも、いたしませんか」
虚月
「おや、それはどのような?」
興味深げにその札を見つめる。
それは、故郷にあった札よりも簡素なものだ。
メイド2
53枚のデッキを崩し、2枚のカードを引き抜く。
メイド2
「ここにあるトランプは、1から10、それとJ、Q、Kの札が4枚ずつございます」
夜目菜
「かるた……ですか?」
身を乗り出す。その手元で繰られるカードを目にして。
メイド2
「そのうち、ハートのQの札を抜きまして」
虚月
「おっと、それではこちらからは丸見えですね。」
椅子から立ち上がると、夜目菜を椅子に座らせる。
虚月
「私はこちらに座りましょう。」 ベッドの方へ。
虚月
「ふふ、それともこちらに来ますか?」 ベッドの上で尾をゆらす。
メイド2
そのやりとりを微笑ましく見守りながら、カードを配り終え。
メイド2
「それでは、それぞれの手札をとりまして」
メイド2
「数字のペアができたら、それをこちらに出してください」
メイド2
「3枚じゃダメですよ。ペアをそろえてくださいね」
夜目菜
「いいです、よめなも、本気でやりますもの……!」
虚月
「ふふ、うまく負かせたら褒美をあげましょう。」
夜目菜
勝負の場においてなら、かみさまを負かしても……許される。
メイド2
「手札が全部1枚限りになったら、ゲームスタートでございます。順々に、隣の人からカードをとっていくのです」
メイド2
「もしそれでペアをそろえたら、それも表に出してください」
メイド2
「手札をすべて捨てることが出来たら、上がり、勝ちでございます」
虚月
ひい、ふう、みい……
数えて、揃えて、捨てていく。
メイド2
「サイコロを振ります。1と2が出たら、虚月様から。3と4が出たら、夜目菜様。5と6が出たら、私から」
メイド2
1d6
DiceBot : (1D6) > 2
メイド2
「虚月様からですね。それでは、夜目菜様の手札から1枚、引き抜いてください」
虚月
ふたりの方を見やってから
「さぁて、どれにしましょうか……」
夜目菜
「ああ~、持っていかれてしまいました……」
メイド2
「無事ペアをそろえることが出来ましたね」
メイド2
「それでは、夜目菜様は私の手札から1枚」
メイド2
「このゲームは、最後に一枚だけ残るのです」
メイド2
「始めにハートのQを抜きましたね。ですから、Qのカード1枚だけ、ペアが作られることはないのです」
虚月
「……なれば、ここで我らは 命運を握る神といったところでしょうか。」
虚月
「――何が残るか。
真実が見えているというのは、不条理な気も致しますが。」
メイド2
「あら、私は揃いませんでしたね。このまま、次は虚月様です。このように、順番にカードをとっていくのですね」
虚月
残るべくはハートのQ、ここにおわす神も。結末を知っているのだろうか。
虚月
「それではこちらを。」 先ほどの札を引き抜いて。
夜目菜
神の手に手繰られないことは、よめなにとって悲しいことだ。
メイド2
「Qが1枚残るのは変わりません。それでも誰がその1枚を手にして、1人残るかは、誰にもあずかり知れぬこと」
虚月
「ふふ、どうしましたか? なかなか揃いませんねぇ。」
夜目菜
メイドの手札の背をじぃっと見つめる。見透かすことはできない。
夜目菜
どれが、どれと正しく結ばれるか。手元にくるまではわからない。
虚月
「おっと、油断大敵。
案外結ばれるのはメイドかもしれませんね。」
虚月
引き抜かれた2をすこしだけ惜しみながら見送る。
虚月
――また札がひとつ揃う。ダイヤとハート、Kのペア。
虚月
「さぁ、夜目菜。これで皆平等に3枚ですよ。」
メイド2
「私は仮面を被っていてラッキーでしたねえ」
虚月
「おやおや、これはまずい。勝たれてしまうかもしれません!」
メイド2
(……あれ、私引く方を間違えた気がしますね。まあいいか)
虚月
たかが神もどき出来ることなど限られている。
夜目菜の札から、一枚を手繰って。
虚月
「残念、ありませんでした。 ……さぁ、残りわずかです。」
夜目菜
運命のペアを、この手で引きよせなければならない。
虚月
「おや、また揃ってしまいました。」 3のペア。
虚月
――手元からカードが引き抜かれる。
「私は残り一枚になりましたよ、夜目菜。」
虚月
「長くふたりでおりましたが。
こういうのも、なかなかよいものですね。」
虚月
「……次はどうしましょうか。」 夜目菜に笑みを浮かべて。
メイド2
「お二人のお時間があってこその私でございます」
虚月
「なれば、今の時間は メイドあっての我らでもあるということ。」
夜目菜
「ふたりでは、おーるどめいどげーむは、できないのですものね」
メイド2
「この館にある限りは、命運を共にさせていただきます」
メイド2
「それでは、次に引かせていただくのは、私でございますね」
虚月
ゆるりとふたりの方をみる。
残る夜目菜の持つ札は…………。
メイド2
「お茶会のあと、あなたがたは裁判をするためにお茶会へ出ます」
メイド2
「私はこの部屋に残り、掃除をいたしましょう」
メイド2
夜目菜の手に残された最後の一枚を抜いて言う。
虚月
メイドの元に残ったダイヤのQ。
その幕引きはあっけなく、定められたかのように。
メイド2
「けれども我が救世主様がたは、きっと固い絆に結ばれていますから」
夜目菜
いちばんになれなかったことが、少し悔しくはあるけれど。
夜目菜
それもかみさまのいうとおり、なすとおり、ならば。
メイド2
我らメイドにとって、勝利も敗北も、等しく祝福。
メイド2
けれど彼らにとってそうではないというのはわかる。
虚月
「わかりませんよ、今度はメイドが勝つのやも。」
夜目菜
札がなくなってしまえば、椅子を降りて寝台へ。
虚月
――これは、暇の戯れ。
でも、だからこそ。
この暇ばかりは 末裔も救世主も等しく同じ。
それに意味などは、ないのかもしれないけれど。
メイド2
「ふふ、それでは次は勝たせていただきましょう」
メイド2
多かれ少なかれ、きっと他のメイドもそう思っているだろう。
夜目菜
「いいえ、次はよめながいちばんになって、それで」
メイド2
「楽しみが増えて、結構なことでございます」
虚月
「……我らは少し散歩にでます。ゆっくりとなさい。」
メイド2
「ありがたいお言葉、どうもありがとうございます」
虚月
その耳先に少しだけ触れて。
「……それでは。」
夜目菜
胎を撫でる腕に、甘えるように手を絡めながら。
メイド2
ぴくりと身体を跳ねさせて、何事もなかったように。
虚月
そのまま、夜目菜を引き連れていく。
小さな指先をあやすように、手遊びながら。
メイド2
暇を与えられたとて、メイドは疲れを知らない身。
メイド2
永遠に落ち続ける館のように、時を止めたように生き続ける。
メイド2
夜目菜に小さく手を振って、二人が去るのを見送って。
メイド2
それから少し逡巡すると、バスルームの掃除を始めるだろう。