Dead or AliCe
『16人の救世主』

幕間 Room No.5-3

シャルル
台所をでた足取りは少し早く。
何かを避けるように、何かに見つからないように。
シャルル
抱えた女性の身体は軽く、重い。
シャルル
痛み止めはまだ、部屋にある。
シャルル
湯を沸かして、薬を塗って。
シャルル
今度は、間違えないように。
シャルル
「よかったの?」
シャルル
問いかける。
アレクシア
「……何が?」
シャルル
「いや……」
シャルル
「選んでくれたんだもんな。」
シャルル
聞きなおす方が、野暮だ。
アレクシア
「…………ん」
アレクシア
「できれば」
アレクシア
「後悔、したく、……ない、から」
アレクシア
言って、目を閉じる。
シャルル
「…………うん。」
シャルル
室内は出てきた時のまま。
シャルルの荷物は少し広がって。
しかし、既に切られた髪と新聞紙はなく。
シャルル
「髪。」
シャルル
「変かな。」
アレクシア
問われて、もう一度、薄く目を開き。
アレクシア
「……そんなことない、と、……思う、けど」
シャルル
「それなら……よかった。」
シャルル
ムードってどうやって作るんだ。
わかんないな。まあいいか。
シャルル
無事だったし。
シャルル
アレクシアをベッドに横たえて、薬と湯の用意を始める。
シャルル
「紅茶、いれる?ちょっと教わったんだけど。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「うん」
シャルル
勝手に触らない。
勝手に決めない。
勝手に死なない。
シャルル
それは、誰かにとって当たり前のことかもしれないが……
誰かにとってはそうじゃない。
そうじゃなかった。
シャルル
「これと、これと……」
シャルル
記憶がないことは気にならない。
シャルル
なんてことはない。
これから覚えればいい。
シャルル
薬と、湯と、タオルと。
シャルル
ポットとティーカップが、サイドテーブルに並ぶ。
シャルル
「味見したから。美味しいと思うけど。」
アレクシア
「……あり、がとう」
アレクシア
正直なところ、手には、力が入らない。
アレクシア
あの場にシャルルが来て。
アレクシア
どうしてか、気が抜けてしまったのかもしれない。
アレクシア
お互いに何も知らない相手。
アレクシア
知らないということだけが、二人、同じ。
アレクシア
彼は、今。アレクシアの起こした儀式で、それが終わるまで。
アレクシア
おそらくは、ただ一人、目の届かないところ、手の届かないところで死なずにいてくれる相手。
アレクシア
「……あの」
シャルル
「ん?」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「……できれば、最後までは」
アレクシア
「……死なないで、いてね」
シャルル
「…………アレクシアが、そう言うなら。」
シャルル
「アンタが、そう言ってくれるなら。」
シャルル
「そうする。」
アレクシア
「……わたしが、そう言わなくても」
アレクシア
「ちゃんと」
アレクシア
「……生きてて」
シャルル
「じゃあ。」
シャルル
「アンタにそんな顔させたくないから。」
シャルル
「そうする。」
アレクシア
「……………………」
アレクシア
「うん」
シャルル
「薬、飲むのはいいとしてさ。塗る方……自分でする、よな。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「あっち向いてて」
シャルル
「うん。」
シャルル
「いろいろ、悪かったな。」
アレクシア
「…………」
アレクシア
「……さっきの」
アレクシア
「生きててって、」
アレクシア
「それを守ってくれるなら、」
アレクシア
「……もう、いい」
シャルル
「うん。……最後まで、一緒にいるから。」
シャルル
「最後まで。」
アレクシア
それ以上の言葉はなく、衣擦れの音。
アレクシア
薬を塗るそのときに、痛みを堪える小さな呻き。
アレクシア
そして、再び衣擦れ。
アレクシア
そこまで終わって、ようやく。
アレクシア
「……シャルル」
アレクシア
かすかに、名前を呼ぶ声。
シャルル
「ん。」
アレクシア
「……一緒に、いてね」
シャルル
「…………。」
シャルル
ベッドに反対向きに腰かけている。
シャルル
その先にはバルコニーがあって、更にその向こうには中庭がある。
シャルル
微かな記憶。
シャルルとアレクシアが最初に出会った場所。
シャルル
あの時は、なんかよくわからなかったけど。
シャルル
「うん。」
シャルル
自分の頬は、濡れていなかったような気がする。
*