幕間 桟敷川映鏡&シャルル
シャルル
屋敷内の廊下は、一度だけ見たことがある。
シャルル
最初の記憶、目が覚めてから部屋に案内されるまで。
シャルル
とはいえ、ぼんやりと景色を覚えているだけでどこに何があるかなんてわかりやしない。
桟敷川映鏡
今しがた5号室を出た男の前に長身の男が過る。
桟敷川映鏡
「おや、5号室の……ミスター・ベルジール」
シャルル
「ああ、えっと……そう。シャルル……ベルジール、だったな。」
桟敷川映鏡
コイン0枚の救世主、おまけに記憶はない。
コイン20枚の救世主がどれほど危険かすら知らないだろう。
桟敷川映鏡
戯れに首をひねるだけで殺せるな。
とはいえ、この部屋に置かれている以上。
この“儀式”の所有物だろうと推測できる。
シャルル
「どうも。ああ……悪い、なんか……敬った方がよかった?」
シャルル
「助かるよ。あんまり……気を遣うってことが難しくて。」
桟敷川映鏡
心が広いのか、余裕でもあるのか。
その言動に腹を立てるほどの興味もないのか。
特に何かを否定するわけでもない。
桟敷川映鏡
「何故部屋から外へ?貴方は6号室の救世主の持ち物でしょう」
シャルル
「ああ、ちょっと探し物……じゃねーや。人を探してて。同室の……アレクシアっていう、このくらいの女性なんだけど。」
桟敷川映鏡
「とはいえ、自分で動ける以上は自由にされてるということなんでしょう」
シャルル
「まあ、そうかもな。メイドも何も言ってなかったし。」
桟敷川映鏡
「同室の方を探しておられるとか。しかし、残念ながら私は見ておりませんね」
シャルル
「あー、そっか。どこ行ったんだアイツ……」
シャルル
「聞きたい事あって。いや、無理にとは言わないけど。」
桟敷川映鏡
見かけどおり、どこからどう見てもいい人だ。
シャルル
「ぶっちゃけアンタ、今俺の事殺せるの?」
桟敷川映鏡
取り出したハンカチを指でなぞる。
それはナイフのように鋭利に光って、見る間もなくシャルルのまつげを一本切り取った。
桟敷川映鏡
白手袋の上に男にしては長いまつげが乗せられている。
桟敷川映鏡
「なに、勝者は全員同じくらいの技量はありますでしょう」
シャルル
「俺のペアのアレクシア、一人で出てっちゃってさ。」
桟敷川映鏡
「奇遇ですね、私も同室の女性を探しているところなんです」
シャルル
「そうなのか?俺は……今出てきたばっかだから誰も見てないけど。」
シャルル
この館を一人で歩き回るより、まあ、たぶん敵意のなさそうな男がいた方が安全な気がする。
桟敷川映鏡
実質、男は基本的には他者を殺すことに躊躇いはないどころか好意的な方だ。
桟敷川映鏡
しかし、儀式の遂行を邪魔しない程度には分別があるらしく。
シャルル・ベルジールのことをどうこうしようとも思ってはいない。
シャルル
「そういえば、聞きたい事。……俺たちの試合って、見てた?」
シャルル
少し後ろを歩く。
意識はしていなかったが、癖になっているようだった。
桟敷川映鏡
「あぁ、そういう……。ええ、楽しかったですよ」
シャルル
「そりゃよかった。俺は覚えてないがね。」
シャルル
先ほどのパフォーマンスも、言動も。
そうだな。そういう感じだな、と思う。
桟敷川映鏡
「アレクシアさんの得物と私の得物は同じ杖ですので、そういったところも興味深かったですね」
シャルル
なんか。少し……落ち着くような気がする。
シャルル
「試合、楽しみにしてるよ。ちゃんと見るからさ。生きてたら。」
シャルル
シャルルの足音は殆どない。
それは普段使いのものでも変わらない。
そういうふうにできている。
桟敷川映鏡
「はは、こちらとしても光栄ですね。儀式を発動していただいた方々に見て頂けますのは……」
シャルル
「聞いていいかわかんないけど、桟敷川さんが探してる同室の女性ってどんな人?」
桟敷川映鏡
「そうですね……赤いコートで、黒いマスクを身に着けておられます。髪の色はおそらく金……」
桟敷川映鏡
手で指し示す。自身の肩よりも低い位置。
男の身長は190を越えているため、示されたのは160ほどになる。
シャルル
「でも、そうだよな……勝ってるってことは、今、此処にいる俺たち以外の全員はそうなんだろう。」
桟敷川映鏡
「5号室には鍵がかからないのでしたっけ」
シャルル
「たぶん、試合中?だっけ。はかかるんだろうけど。」
シャルル
「ちょっと、出てっちゃってさ。たぶん俺のせい。」
桟敷川映鏡
「そのあたり6号室は物理的に解決されておりますよね」
桟敷川映鏡
「あぁ、会われてないのですね。首輪ですよ。首輪」
桟敷川映鏡
「どうだか……とはいえ、外に出ていく可能性は低くなりますね」
桟敷川映鏡
「そういった意味で物理的な解決と申しました」
桟敷川映鏡
「しかし、出ていくとは。危険なことをなさいますね。私のような救世主が館を自由にうろついているというのに」
シャルル
「ま、アンタが殺してなさそうでちょっと安心したけど。」
シャルル
余計な事を、言わない方がいいと、わかっているのだけれど。
桟敷川映鏡
「おや。気を悪くなされたなら申し訳ありません」
桟敷川映鏡
「単純に趣味ではないというだけですよ」
シャルル
「それなら、まあ、そうかもな……いや、前の『アレクシア』はどうだか知らないけど。」
桟敷川映鏡
「……記憶を失う、ということがどういうことなのかわかりますね。貴方がたを見ていると」
シャルル
「実際大変だったんだぜ。手も足もないし、壊れてるし。付け替えするのに死ぬほど痛かったし。」
シャルル
「俺は全然わかんないね。記憶のある状態ってやつがさ。ただ今更新中だ。」
桟敷川映鏡
「コイン0枚の身に痛みは耐え難いでしょう」
桟敷川映鏡
記憶を失うことについては、思うところがないわけではない。
とはいえ、話すようなことでもなく相槌を打つにとどめる。
シャルル
「コイン?ああ……持ってると、痛みもなくなるのか。」
桟敷川映鏡
「なくなるかどうかは人それぞれかと思いますが、少なくとも私はそういった形で現れます」
シャルル
「いや、アレクシアの胸に傷があってさ。痛そうだったから。」
シャルル
「記憶を失う前は、コインで何とかしてたのかなって。」
桟敷川映鏡
図書室の前あたりに来た。
一応中を覗く。
シャルル
「コイン……まあ、此処にいる間は手に入らないだろうな。」
桟敷川映鏡
「対戦相手のことを調べているのかとでも思いましたが……違ったようですね」
桟敷川映鏡
「貴方のパートナーもおられないようです」
桟敷川映鏡
「いえ、まだです。とはいえ……どうやらこの世界では出身に御伽噺を持つ者が力を持ちやすいようで」
シャルル
「なるほどね。対戦相手の調査に何でって思ったけど……」
桟敷川映鏡
「童話を読めば何かしら、行きあたるかもしれませんからね」
シャルル
「何か、アンタめちゃめちゃ詳しそうに見えるよ。なんとなく。」
桟敷川映鏡
「……しかし。他に思い当たるのは温室……礼拝堂……あのあたりは人通りが少なく静かですし」
桟敷川映鏡
「ええ。いつも私が入浴している最中に出かけておられるので」
シャルル
入浴中にでかけるということは、そういう事だろう。
桟敷川映鏡
「その言葉そのままお返ししますが……とはいえ、貴方がたは仕方ありませんね」
シャルル
「俺たちは、恋人とは聞いてないけど。そんな感じだった?」
桟敷川映鏡
「私の返答次第でどうなるものか思考していただけです」
シャルル
「まあ、気になって荷物とかひっくり返したけどさ……」
桟敷川映鏡
「貴方がたは恋人であったろうと思いますよ」
シャルル
「銃と刃物と手足しか出てこなかったし。」
桟敷川映鏡
「いえ、他の参加者の方々と同等だと思いますよ……まぁ貴方よりは知っている程度でしょうね」
シャルル
「ああ、戦闘中使うんだっけ。いや、戦闘じゃなくて……お茶会?」
桟敷川映鏡
「ええ、そうです。お茶会の時に出歩きますので」
桟敷川映鏡
「とはいえすべてを使うわけではありませんしね。貴方がたが6号室の救世主を招いた正餐室などは、貴方がたの茶会でしか見たことがありません」
シャルル
「あんまり想像がつかなくてさ。見てないからかもしれないけど。」
桟敷川映鏡
「中庭でお茶会に誘われた時を除いては基本的に自室におりました」
桟敷川映鏡
「あとは……礼拝堂ですね。あちらもお借りしましたよ」
桟敷川映鏡
温室前。
ガラス張りのドアをくぐるように入る。
桟敷川映鏡
「昨日のは片付けられてますね……砂に足跡もありませんし、今日ここには誰も来ていない」
桟敷川映鏡
隙間から入り込んだ砂を踏みしめて中を見渡す。
桟敷川映鏡
「この国に観賞用の植物はほぼ存在しないらしいので、形だけのものでしょうね」
シャルル
「あ、やっぱり温室?って思ったの俺だけじゃなかった。良かった。」
シャルル
「そういえば……なんか。別の世界から、来たんだってな、俺達。」
桟敷川映鏡
「さぁ……相対評価をするには私はこの国のことをそこまで詳しく知っているわけではありませんからね」
シャルル
「参加者って、それなりにこっちにいるもんだと思ってたけど……。そうじゃないんだな。」
桟敷川映鏡
「年数自体はそれなりにいますが。知っているのはほぼ情報のみです」
桟敷川映鏡
「良し悪しは実感を伴いますでしょう。特にこの世界の良し悪しを実感したことがあまりないもので」
シャルル
「アンタが優勝したら、俺たちは死ぬよな。」
桟敷川映鏡
「奇跡がどのようになされるのか、それは儀式側の都合ですので」
桟敷川映鏡
「少なくとも私は6号室のおふたりのように救世を掲げてはおりませんからね」
桟敷川映鏡
「生存を望むのであれば、6号室を応援なさればよろしいかと思いますよ」
シャルル
「いや、別に殺すのは構わないんだけどさ。」
シャルル
「あー……これも特に期待は、しないから聞き流してくれていいんだけどさ。」
シャルル
「殺すときは、アレクシアはさ。楽に殺してやって。」
シャルル
「ほら、アイツ何か。強がりだし、強情っていうか……部屋勝手に出てくしさ。」
シャルル
「アンタの趣味が『いたぶって殺す』じゃないことを願うよ。」
シャルル
「ま、2人そろって生かしてくれるならそれに越したことはねーけど。」
桟敷川映鏡
「残念ながら、私は基本的にパートナーの趣味に付き合うつもりでおりますので」
桟敷川映鏡
「機会があれば咲さんにお話ししておくとよろしいかと」
桟敷川映鏡
特にそうするつもりはないが、そうしないとも限らないという宣言だ。
シャルル
「アンタになら話しといてもいいかなって思っただけだし。」
桟敷川映鏡
「そうですか?わりと至極まっとうな願いごとと思いますが」
桟敷川映鏡
「奇跡にでも願わなければどうともならないもののひとつでしょう」
シャルル
「願ってどうなるって話。全員記憶喪失にでもするのかね。」
シャルル
「それとも、これは救世に反する罰とでもいうのか。」
桟敷川映鏡
「あなたがたの記憶がどういう経緯で失われたものかわかりませんが、救世に記憶喪失が伴うのであれば」
桟敷川映鏡
「ま、そういった意味での救世なのでしょう」
シャルル
「ま、その時アンタは俺の事覚えてないんだろうけど。」
シャルル
「同室の女と恋人だったって言ってやるよ。」