幕間 Room No.1_2
桟敷川映鏡
目の前には戦利品といって差し支えないものがある。
桟敷川映鏡
根菜類と油あげを煮込んだ汁物と炊かれた白米。
匕首咲
「お前!!鍋!!それ!!だめ!!ロボ!!何言った!!!!」
桟敷川映鏡
「私は料理の味がなにひとつわかりません」
桟敷川映鏡
「ですが、あの台所に入ったら出汁のにおいがしました」
桟敷川映鏡
味だけではない。色も、実はよく見えていない。
ほぼモノクロームの世界。
ただ自身の心の疵に関するものだけが鮮明にわかるだけだ。
匕首咲
味も香りもわからないが、この出汁のにおいはわかる、と言われてしまえば。
さすがに、さすがに断りにくい。
匕首咲
仮面を外されたので、下を向いて黙ってしまった。
桟敷川映鏡
この部屋にしゃもじ、なんてものも。
おたま、なんてものもない。
逃げるように出てきたため食器もない。
銀製のティースプーンでそれらをカップに盛る。
匕首咲
探せば茶碗くらいあったかな、と思ったが、今から取りに行くのも気が向かない。
桟敷川映鏡
汁物をかきこむような料理だ。
当然のように仮面は外される。
不格好な食卓だが2揃い、テーブルに乗せられる。
匕首咲
味見をしていない。
そんな変な味付けにはなっていないと思うが、不安はある。
匕首咲
マスクを外して、自分もカップを手に取る。
「いただきます」
匕首咲
一口食べてみる。
うん、別に悪くはないと思う。
合ってるかはわからないけど。
匕首咲
おかわりするんだ、と思っている。
自分も真似して、かきこんでみる。
猫まんまだな~。
桟敷川映鏡
3杯目。4杯目。
背丈に見合うほどは食べる。
匕首咲
奇形娼婦の母は、管理された商品だった。
あまり手料理を振る舞ってもらった記憶がない。
それでも、夜中に小腹が空いた時、こっそりとおかかのおにぎりを作ってくれた記憶がある。
多分、これも、そういう類のものなのかな、と思う。
桟敷川映鏡
「母が作ってくれていたのかもしれません」
匕首咲
「…………」
映鏡の母。殺したか、殺していないか、わからない人。
桟敷川映鏡
「かまぼこは入っていなかったかもしれませんが」
匕首咲
「そうなの?じゃあ、次は入れないでおくわ」
匕首咲
言ってから、しまったなと思う。
また作るみたいな感じになってしまった。
匕首咲
こちらの方が美味しいって、なんか深い意味あるのか?いや、まぁ具は多い方がいいってだけだよな。
匕首咲
多めに作ったつもりではあったが、思っていたよりも映鏡が食べる。
自分が作った料理をこれだけおかわりされれば、悪い気持ちはしない。
匕首咲
「それさぁ、大変だったんだよ。図書館行っても本に載ってないし。3号室の鏡がなんでも分かるっていうからさ、聞いて、ようやく作り方分かったんだ」
匕首咲
「まさかお前が味分からないなんて思わないし。結構作るの緊張したんだぞ」
桟敷川映鏡
なぜ、これをと聞こうと思ったが。
自分が発端だということ自体は見当がついている。
桟敷川映鏡
食べ終われば再び仮面をつけた。
あと数時間もすれば、次の戦いが始まる。
桟敷川映鏡
「次の入場はどういうパフォーマンスにしましょうね……コイン20枚ですと前より派手なことは出来ませんし」
匕首咲
「そうだな……。
何度も1ラウンド宣言するのも面白くないし、正直無理な気するしな」
桟敷川映鏡
「……咲さん、助手を頼まれてくださったりなどしませんか?」
匕首咲
「水中脱出かぁ」
ふーん、と相槌を打つ。
確かに派手だし、面白そうだ。
「いいんじゃない。やろうよ」
桟敷川映鏡
それで母を《殺した》《死なせた》のだ。
桟敷川映鏡
でも、まぁ。いいか。
そうした方がいいと思った。
桟敷川映鏡
なんとなくそうしたかったのだ。
何か、重たい扉の鍵が開くような感覚がしている。
桟敷川映鏡
「差し支えなければドレスでも着て頂けたらありがたいのですが」
桟敷川映鏡
指を鳴らす。
いつも手元で戯れに出しているハンカチのように、赤いドレスがぱっと出てくる。
桟敷川映鏡
母の時は着物だった。
だからこれは自分で選んだものだ。
匕首咲
ドレスを受け取って、体に当ててみる。
くるりと回って、スカートが広がった。
「へへ」
桟敷川映鏡
くるりと回って揺れる。
モノクロームの視界にドレスの赤が見える。
桟敷川映鏡
彼女に初めて会ったときに聞かれた。
『あたし きれい?』
桟敷川映鏡
それに今ようやくきちんと答えたような気がする。