裁判 Room No.5
シャルル
多くの観客が見守る中庭を、見下ろすように。
シャルル
館の一角、中央に近い部屋のバルコニーにふたり。
シャルル
ひとりは椅子に、ひとりはその隣に寄り添うように。
シャルル
刃と棘を仕込んだ黒と灰銀に、緑色の灯りがともったものに。
アレクシア
椅子に座り。中庭を見つめていた視線が、シャルルへと移る。
メイド5
ふたりのその横に5号室のメイドだった末裔も控えて、見ている。
メイド5
かつてメイドとしての自分が、見届けたものをもう一度。
今度はただの観客として。この世界のひとりとして。
シャルル
一枚ずつ、捲られてきたページがまた一枚。
メイド5
どうして物語は昔々から始まるのか。
どうしてめでたしめでたしで終わるのか。
メイド5
どうしてこの国はその先を続けなくてはいけなかったのか──。
メイド5
「……続きをねだった子でもいたんでしょうかね」
メイド5
クリスマスツリーに飾られた、エプロンドレスの少女のオーナメント。
堕落の国でよくみられる、信仰の形──救世主《アリス》 [編集済]
メイド5
「いいえ、私には……望み、というもの自体がわかりませんでしたよ」
メイド5
「それでも、そう。あなたがたが初めてこの館にいらしたとき」
メイド5
「儀式が記憶しているさまざま救世主たちと……今あすこにいるかたがたも、いなくられたかたがたもみな同じ瞳をしておりましたように思います」
メイド5
仮面をしていると見える。
相対したものの瞳の光。それしか見えない暗闇のうちがわ。 [編集済]
メイド5
それが“望み”というものの正体なのなら。
自分はそれをよく知っている。
GM
――これより、裁判に入ります。バルコニーへのガラス扉を開け、表に出ることができます。
GM
以降、メインでの発言、救世主への呼びかけ等、許可されます。
シャルル
おわりと、あたらしいはじまりをかけた裁判が。 [編集済]
メイド5
ふたりを見て、バルコニーのガラス戸を開ける。
メイド5
雪風が吹きこんで衣服やカーテンを揺らした。
メイド5
ふたりが『アレクシア』と『シャルル』だったころも、こうして裁判で雪が舞っていた。 [編集済]
シャルル
「…………今だけじゃなくて、これまで。」
シャルル
「アンタがいなかったら、俺はここにいない。」
メイド5
そのふたりを見つめて。
まるでメイドのように恭しく礼をした。
メイド5
バルコニーの向こうを見て。
この決勝で5号室に与えられた権限を端的に話す。
シャルル
「邪魔はしないさ……邪魔はね。」 [編集済]
シャルル
だが、手足を取り換えたのは正解だったかもしれないな。
シャルル
「アレクシア。アンタに……この手足が必要な時は。」 [編集済]
アレクシア
「…………」 目を細めた静かな微笑みがシャルルを見上げ。
アレクシア
ずっと。シャルルはアレクシアのことばかりだ。
シャルル
過去の記憶。『シャルル』と『アレクシア』の記憶。
アレクシア
『わたしも信じているのでね』。
そう、記憶は言って。
アレクシア
今はアレクシアも信じている。肩を抱く腕。その持ち主を。
アレクシア
それは、二人が『アレクシア』と『シャルル』だからではない。
アレクシア
館が軋む。壊れてしまいそうなほど激しく。
シャルル
チカとマキナの『裁判』を見るのは初めてだ。
シャルル
『此処での戦闘は……経験だけでは勝てないという事。』
シャルル
『個人が強いほど、連携が取れないのかもしれません。』
シャルル
背後から、聞こえる声。
そうか、アンタは見てたか。だけど。
シャルル
「……アレに。負けたやつがよく言うよ。」
シャルル
負けたやつは、あそこで記憶なんてものになっている。
アレクシア
『一緒に戦えないやつとこんなところには来ない』
アレクシア
信じているのなら。信じていられるのなら。
アレクシア
勝敗はまだ、中庭の救世主たちの間で揺蕩っている。
シャルル
「信じれば……奇跡だって、起こせるさ。」
シャルル
『お前が縫うんだよ、祈りを込めてな』と、アイツは言った。
アレクシア
所有している相手に、だから祈れと言ったところで。
そこに呪いを込めて縫うことだってできるのに。
シャルル
『いただきます?』『食材に感謝~、てきな』
シャルル
心に刻まれた疵、俺たちの記憶を奪ったもの。
シャルル
『さみしいからだよ』
『記憶はそばにいる。』
『記憶はなにも、変わったことをしない』
アレクシア
『『さみしい』からオレはお前より強かったんだ』
シャルル
着慣れない服を着こんだアイツは、動きも鈍るだろう。
アレクシア
この手で縫った服に、杭が打ち込まれる。
シャルル
『奇跡の力で、全ての人を『救済』すると』
『きみは彼女を守っていたが、彼女の方が我々にとっては厄介でね』
『普通の男でしかないよ、俺は』
シャルル
「首を刎ねるだけなら、刃があればいい。」
シャルル
赤く染まっていく。真っ白な雪を。
赤く。赤く。
アレクシア
引き倒されるマキナ。
ステンドグラスの輝き。
そして閃く刃。
アレクシア
何もかもが、雪ひとひらの落ちるより速く交錯していく。
シャルル
53枚のトランプが付き従うのは、選ぶのは。
シャルル
どうして、薔薇は赤くなければならないのか。
シャルル
それは、シャルルにとっては無駄な事だ。
罪などない。真実もない。
口だけならいくらでも言える。
アレクシア
今のアレクシアは神を持たない。
再演された記憶からすれば、もとより『アレクシア』が持っていたとも思えない。 [編集済]
アレクシア
それでも、続く祈りが、言葉にならない。
アレクシア
吐く息が白い。睫毛の先が凍るような冷気。
シャルル
腕も足も、耳の機械も凍る様子はない。
むしろ、顔の方が痛い。
シャルル
パーカーのジッパーを外して膝をつき、一緒に抱え込むように。
シャルル
薄いシャツにアレクシアの頬を引き寄せて。
アレクシア
荒れ狂う雪の中。そのぬくもりに触れる。
シャルル
手を繋ぐことではわからないお互いのぬくもり。
アレクシア
シャルルとアレクシアは、強く触れようと思わなければ、触れ合いようもない。
アレクシア
「…………」 そして再び、中庭に目を戻す。
シャルル
俺が欲しいのは、こんな『今』じゃないってことだ。
シャルル
「……俺は、アレクシア。アンタの空になる。」
アレクシア
「……晴れていても、雨でも、……嵐でも」 [編集済]
アレクシア
「わたしを太陽みたいだって、言ってくれるなら」
アレクシア
「……わたしが、そこにいることに変わりない」
シャルル
下から見えなくても、空と太陽はずっとそこにある。
シャルル
厚い雲の向こうに、振り続く雪の向こうに。
メイド5
呟く。雪の舞う決闘上の上空を眺める。
不思議な空間。そこに故郷の空をわずかに見た。 [編集済]
メイド5
そんな取るに足らない、素朴なことを言うしかない。
シャルル
「俺も見たことないけど、青いんじゃね?薄い青の事……空色っていうみたいだし。」
シャルル
知識としてだけ知っている。
見たことはない。
なんとなく、それを思えど実感がない。
シャルル
「……アンタも寒いだろ。服でも毛布でも好きなの使っていいぜ?」
メイド5
「寒いですけど……なにせ雪もはじめてなもので」 [編集済]
アレクシア
「……知ることを、もう、諦めてるのかもしれない」
シャルル
「知らないっつーか……たぶん。理解、できないんじゃないかな。」
シャルル
「だって、たぶん……さみしくない瞬間は。」
アレクシア
「手を伸ばさなきゃ、いけないんだと思う」
アレクシア
「どれだけ怖くても、そうでないと……」
アレクシア
「……抱えていられるものにも、背負えるものにも、限りがある」
シャルル
パーカーの上から、金の髪の頭に頬を寄せて。
シャルル
後ろも、隣も。過去も、未来も。
全部、全部大切なものだ。
シャルル
シャルルには聞こえている。
おそらく、アレクシアの聞くよりも多くの声が。
中庭から。5号室から。
シャルル
そしてそれは、交わされた言葉だけではない。
シャルル
『場所はどうしましょうねぇ。やはり、応接室か……』
『アレクシア……?アレクシア!』
『ああ……ああ…………あああ…………』
シャルル
取り乱す男の幻影が、ある。
それはかつて、この部屋で。
シャルル
『くそっ……アイツ、アイツら……!』
『ぶっ殺す!』
シャルル
『…………死ぬな。死なないでくれ。』
『俺が、頑張るから……』
*
『……トイトロールにとっては』
『俺はつまらない男などではなく、いっぱしの救世主』
『世界を救うに値する価値のある男、らしい』
アレクシア
血の赤が、白くけぶる雪の中に咲いて、隠れて。
シャルル
突き刺すのが、一番殺傷力が高い。
そう、そうだよ。
シャルル
殺すなら、そうする。
アイツは、殺す気だ。
シャルル
突然叫んだ男の頬は少し上気して。 [編集済]
シャルル
部屋から聞こえたのとは違う、落ち着いた声が。
シャルル
アンタ、そうやって……何も、出来なかったじゃないか。
アレクシア
それでもまだ、マキナが倒れていないことはわかった。
アレクシア
冷たい空気に、傷が、肺が。強く脈打つ心臓が。
メイド5
館に流れ込む、不思議の国が不思議の国だった栄華の気配。 [編集済]
メイド5
温室に、中庭に花が咲き乱れ、砂塵が光の粒になる。 [編集済]
メイド5
それを、少しだけ感じている。
もはやなくなった仮面の下の末裔の肌だけが。
シャルル
恐らくはこの館は、この世界が出来たときからここにあるとされています。
シャルル
ある世界から描かれ、映し出されたとされるこの世界において
メイド5
最古のティーセットが。
館がおぼえている。
不思議の国を、鏡の国を。
エプロンドレスの少女を。 [編集済]
メイド5
それでも、ただの……記憶でしかないのだろうけれども。
メイド5
堕落の国が作り出した、ただの幻影かもしれないけれども。
シャルル
館を囲む棚井戸の不思議。
未だ残る、不思議。
シャルル
最初のアリスが通ったこの場所の。
最初の記憶。ランプに鏡に、小瓶に小箱。
シャルル
別に、ぶっ壊すために来たんじゃないだろうし。
アレクシア
それは、万人に平等に訪れるだろうか。
きっとそんなことはない。
シャルル
脅威はここまでは届かない。
マキナへも届かない。
シャルル
「なくならない……なくならないんだよ……」
アレクシア
観客席へとシャルルが声を張り上げ。
それに返る、あまりにもさまざまの声。
シャルル
出来ることと、出来ない事のわからないやつが。
シャルル
祈りが、願いを引き寄せるというのならば。
シャルル
ここには、力を持つものだって。
いるだろう。
シャルル
トイトロールとティモフェイに祈る者。
チカとマキナに祈る者。 [編集済]
アレクシア
シャルルに微笑んでみせた後、再びくちびるが引き結ばれる。
アレクシア
「……シャルル、」 名前だけを、繰り返して。
シャルル
「……何もできないかもしれないけど。何も、できないわけじゃない。」
アレクシア
何もかも失ったはずのアレクシアとシャルルに、ただひとつ疵を刻んだもの。
アレクシア
トイトロールが、鉄の荊棘にのどを絞められた彼が。
アレクシア
トイトロールの傍らに膝をつくティモフェイに。
シャルル
消える。『シャルル』と『アレクシア』も。
シャルル
あの男が叶える願いは、どこにあるのだろう。
シャルル
晴れた空の下、再び、アレクシアの肩を抱く。
アレクシア
ティモフェイと、チカとのやりとりを聞く。
アレクシア
一人、死んでも。決勝の裁判は、終わらない。
シャルル
ともに立つ二人を、見ている。 [編集済]
アレクシア
「わたしは……意味があったって、信じる」
メイド5
胸に手を当てて。
自身の胸中をかえりみる。
シャルル
彼が勝ちますようにと。
声に出さずに唱えた。
シャルル
「わかんなかったんだよな……あん時は。」
アレクシア
何を祈るべきかと問うたあと、言われたとおりに、『優勝するように』とは祈らなかった。
アレクシア
彼が救われますようにと。
ただ、そう思った。 [編集済]
アレクシア
「自分の中から生まれたときにだけ、わかる」
アレクシア
そして、剣だけを手に、ティモフェイが倒れる。
シャルル
「なんだよ。何のために……痛い思いして取り替えたと思ってんだ。」
シャルル
『きみは彼女を守っていたが、彼女の方が我々にとっては厄介でね』
シャルル
『強固な守りだったよ』
『手こずらされた』
シャルル
『剣ってさ。』
『突き刺すのが、一番……殺傷力が高いだろ。』
『その隙を』
『きみが、与えなかった』
シャルル
『きみたち、相変わらず、なんというか』
『……十分だな……』
『コインさえ渡されればすぐに戦えそうだ』
シャルル
中庭に立つ姿は、亡者というにはあまりに清く。
静かで。
シャルル
『普通の男でしかないよ、俺は』
『救世主と仰がれようが、望まれようが、何がしかの特別な力を発揮しているように見えても』
『俺は、ただの人間でしかない』
シャルル
俺は、あの言葉を嘘とは、思わなかったよ。
シャルル
身構える、必要もなかった。
ふと、力が抜けて。
シャルル
「アンタは、奇跡を見るのは……2度目だな。」
メイド5
奇跡を願う救世主を見つめたままそう返した。
アレクシア
シャルルの問いに、更に強く、身を寄せる。
シャルル
奇跡の礎ってやつに、必要なら。
まあ、それも……仕方ないんだろうと、思う。
シャルル
まだ、生きたいと言っているように、見えたから。
アレクシア
6号室のメイドが、青空を見上げて崩れ落ちる。
シャルル
「アンタは、まだ……俺と。もっと、生きたいか?」
メイド5
抱きかかえた包みをそっと少しだけ強く胸に寄せる。
最古のティーセット。
館のすべてをみてきた、ひととひととが対話してきた証。
シャルル
「…………アンタが、望んでくれたから。」
アレクシア
座り込んだシャルルを。包むように、抱きしめる。
アレクシア
あたたかい涙の雫が、シャルルの頬に落ちる。
アレクシア
「あなたが、わたしのそばにいてくれて」
シャルル
「…………俺、さっきまでさ。アンタとここで死ぬのは悪くないなって、思ってたよ。本当に。」
シャルル
「でも今は、死ななくてよかったなって、思ってる。」
アレクシア
一度は、雪の冷たさに何もかも奪われた二人。いるはずのなかったもの。
アレクシア
どこにも、在り得るはずのなかった、二人。
シャルル
「勝者に、何か贈り物をしないと。何がいいかな……確か。」
シャルル
おめでとうというにはあまりに重く、苦しい。
シャルル
あの日、メイドたちがそうしていたように。
アレクシア
マキナと、チカも。シャルルとアレクシアも。
シャルル
「……さぁて。俺達も、荷物もって……えー。」
シャルル
「どこに行ったもんかね、とりあえず……こっから出て……」
メイド5
「困りましたね……私も、何も知りませんので」 [編集済]
シャルル
「……とりあえず出て……まあ。救済されたんだし。」
メイド5
救世が果たされた世界で、オールドメイドとしてひとり。
もはや訪れない決闘者を待ち続ける。
メイド5
それは自分が贈った仮面が記憶しているよりも、最古のティーセットよりも長い時間かもしれない。
シャルル
「…………ま。まだ、考える時間はあるし。アンタには。」
シャルル
「俺は……なんか。変な奴に絡まれんのも面倒だし。」
シャルル
「……さっさと行きたいが……どうかな、アレクシア。」
シャルル
『裁判』がなくなった今。
『亡者』がなくなった今。
シャルル
それでも、何の役に立たないという事はないだろう。 [編集済]
アレクシア
最後に、バルコニーから中庭をもう一度見下ろして。
アレクシア
シャルルの後を追って、バルコニーを後にする。
メイド5
一度も知らないままだった恋の話。
それがするりとページをめくり、去っていく。
???
「シャルルさーーーーーーん!エルレンマイヤー卿!」
シャルル
見れば、3人の救世主が棚井戸の淵に。
荷物を下ろして立っている。
???
「とりあえず細かい話は帰ってからにしましょ!ほら!駆け足!」
アレクシア
「……一緒なら、きっとなんとかなるから」
???
「うわ、シャルルさんマジ別人っスね……」 [編集済]
???
「『どうしましょうねぇ、アレクシア?とりあえず無力化しますか。』……とか言わないんスか?言わないんスか?」 [編集済]
???
それは、再生された記憶にある、シャルルに、ほんの少しだけ似ていた。かもしれない。
シャルル
『エルレンマイヤー卿アレクシア』と『シャルル・ベルジール』は死んだ。
シャルル
その記憶はすべて、トイトロールと共に消えた。
シャルル
重い荷物を軽々と担いで、右手でアレクシアを引く。
*
果てもないかのように見えた雪を越えた、新しい世界で――