お茶会-2ラウンド目 Room No.5
アレクシア
「…………」 シャルル、と、呼びかけて。
シャルル
小さな声でも、聞き逃さない。
そのための機械が耳についている。
アレクシア
こちらも起き上がったは良いものの、寒い。
アレクシア
ゆっくりとベッドを離れて、テーブルへ。モニターが目に入る位置。
アレクシア
この館にさんさんと日の照ることなどないとはいえ、それでも窓の外はまだ薄暗いようだ。
アレクシア
だというのに、画面には台所。トイトロールがいる。
シャルル
昨日と同じように、お湯を沸かし。
スープを温め。パンを乗せて。
シャルル
ポケットの缶に一度触れるが、それには手を付けずに。
シャルル
あれとそれと。茶葉を混ぜて。紅茶をいれる。
アレクシア
「…………マキナさん、」 モニターを見て。
シャルル
「…………さあ、どうだろうな。かえって。」
シャルル
残していくもの、残されるもの。
捨てていくもの、捨てられるもの。
シャルル
勝てば、全部残していける。
捨てることもできる。
シャルル
画面を見ながら『ご馳走ちゃんと食べ損ねたな』と、なんとなく思っている。
シャルル
「そう。マキナと、ちゃんと話してたのはアンタだろ。」
アレクシア
「『友達って言ってくれた子が死のうとするのを止めるような人間に、ちょっぴり憧れていたんです』」
アレクシア
「……マキナさんが何をしてきたのか、知らない」
アレクシア
「ああまで恨まれることを、……していたのは、きっと、そう」
アレクシア
「……でも、……傷つきたいんだって、……傷つくことのできる人間に憧れるって」
シャルル
「聞いてただろ『お前たちの家族も死ねばいい』とか、『幸せになりませんように』だとか。」
シャルル
「もちろん、されたことに対する恨みってのは。そういう悪意になっていくもんだろうけどさ。」
シャルル
「……そういった事を、言ってる時点で。」
シャルル
「手遅れっつーか……全部が全部。マキナのせいじゃ、ないんじゃないかって。」
アレクシア
「……誰かが悪いってことに、しておかないと」
アレクシア
「……耐えられない」 数日前に、そう言ったことを、繰り返す。
シャルル
「ま……その弱者の悪意に押しつぶされれば、それまでって事だろうけど。」
アレクシア
「…………」 また少し、黙り。それから、頷く。
アレクシア
「『傷が残っても大丈夫です』って、言ったの」
アレクシア
「……マキナさんは、それで、大丈夫だと……思ったから」
シャルル
「もらったやつ、裁判前に……いれるか。」
シャルル
「マキナからもらったプレゼントだ。それが、どうやって手に入れられたかわからなくても。」
シャルル
「『貰ってもらえて良かった』っていうのは、たぶん……嘘じゃないから。」
シャルル
空になった食器を片付けて。ブランケットを手に戻る。
シャルル
手足は寒くないし、接合部は逆にちょっとあったかい。
アレクシア
画面上。ティモフェイの頭上に降りしきる雪。
シャルル
「アイツ…………赤の他人じゃないやつでも、できたかね。」
アレクシア
「でも、本当にどうして良いかは、わかってなかったように思えて……」
アレクシア
「自分の心のほうが、わからない、ような気がして」
アレクシア
「……語りかければ返ってくるものがある」
シャルル
「……考えただろ。ちゃんと。聞き入れるか、どうか。」
アレクシア
「わたしは、……結局、わたしの望みしか選べない」
アレクシア
「……たくさんの人の幸せが叶うのは、良いことよ」
アレクシア
「引き換えにしたいと望むものがあるなら」
アレクシア
『だれか特別な人、自分を特別に扱ってくれる人がいる人は』
『それ以外を省みなくていいっていう免罪符を手にいれたみたいになる』
アレクシア
そうなのだろうか。そうかもしれない。罪は人の心が決める。
アレクシア
「……シャルルは、……」 言いかけて、一度閉じ。
アレクシア
「……わたしを選んでしまいそうな気がする」
シャルル
「…………でも、アンタは。アレクシアは。」
シャルル
「もっと、自覚してくれてもいいんだけどな……俺が、本気だってこと。」
アレクシア
「……シャルルは選んでいい。何を選んでも、いい」
アレクシア
……アレクシアも、きっと、シャルルを選ぶだろう。
シャルル
「…………うん。アンタを、選ぶよ。何より。」
アレクシア
「……そうじゃなくたって、……いいんだからね」
シャルル
『…………誰が死んでもいい。あいつらでも、俺でも。他の部屋の連中でも。』
シャルル
「…………一緒にいなきゃ、意味がないだろ。」
シャルル
「俺は……アンタと、最後まで。一緒にいることを。」
シャルル
「……いられることを。心から、願うよ。」
アレクシア
それが罪だとして。免じられることなどきっとない。
ただそれでも、背負うだけ。
アレクシア
負いきれぬ責任だとしても、逃げはしない。
シャルル
「あそこでしか話したことないけど、やっぱ肝が据わってるな。」
アレクシア
呼び出されるトイと、会話が始まっていくのを見る。
シャルル
「…………まあ、そう考えるとやっぱり。」
シャルル
「今回の『お茶会』は圧倒的に、トイトロールたちが不利だろうな……」
シャルル
おそらく人と会話するという経験の差が圧倒的に違う。 [編集済]
アレクシア
「……やっぱり、少し……どこか、違和感、ある、よね」
アレクシア
先日よりは噛み合っているように、見える。けれど。 [編集済]
シャルル
「俺とアレクシアの持ってる知識なんかが違うように、アイツらもそうなんだろうけど。」
シャルル
『この世界では出身に御伽噺を持つ者が力を持ちやすいようで』と、
桟敷川が言っていたのを思い出す。
シャルル
「それこそ、御伽噺の人間みたいに。どこか……」
シャルル
「…………そうだな。結末が、決まってるんだきっと。」
アレクシア
「…………」 そう、なのかもしれない。
アレクシア
「……『救済』がなされたら、……そこで、望みは、終わり……」
シャルル
「過去は、既に記された物語は書き換えられない。」
アレクシア
「その物語を、とても、大切にしてる……」
アレクシア
「マキナさんたちは、今と、これから先を……続いていくものを、願ってる」
アレクシア
「……救われる。仮にこの世界が救われて、……それで」
アレクシア
「でも、そこから先が、……やっぱり、あって」
アレクシア
「…………そこに救いがあり続けることは、たぶん、……難しい」
シャルル
「本が閉じたら、そこから先は別の物語だ。」
シャルル
きみが目を醒ましてから100年の月日が流れました。
シャルル
ここに手紙はないけれど。
シャルルの記憶にそれはないけれど。
シャルル
「前の物語の奴らに、関係なんかないのさ。」
アレクシア
「…………」 しばらく。考え込むような時間があり。
シャルル
「『焼けた靴を履かされた女王』『真実の鏡』、あれだってそうだ。」 [編集済]
アレクシア
「わたしが読んで、シャルルが読んで……」
シャルル
「女王が『下らん童話』と言い捨てたように。」
シャルル
「『姫と王子様は幸せに暮らしました』って結末を、ハッピーエンドだと思うやつもいれば。」
シャルル
「女王の悲願が遂げられなかったことを、悲しむやつもいる。」
アレクシア
「うん。……それが同じじゃなきゃいけないってことは、ないよ」
シャルル
「今のアイツらはきっと『姫と王子様』になろうとしてる。それは、そこで終わる物語だから……」
アレクシア
「……6号室の二人は、同じ物語を……過去を、読んで」
アレクシア
「読みながら……でも、違うものを見てる」
アレクシア
「だから、……同じ『幸せ』が……見えていないように、見える」
シャルル
「……お姫様が結婚したいのは、別の相手か。」
アレクシア
『……救われるべき、あなたの世界の中に……あなた自身は、いないの?』
アレクシア
「ただ、好きな色を聞かれて、……それで、迷っていたのに」
シャルル
「『望み』っていうのは、みんながそういうから、そう言ってるだけで。」
シャルル
「別に、望みじゃないと思うし、それでいいと思うんだよな。」
シャルル
「アイツ、自分で『共感されたためしがない』って言ってたけどさ。」
シャルル
「…………わかるんだよな。なんか……どうしようもない事だって。」
シャルル
「俺が勝手にそう思ってるだけかもしれないけど、さ。」
シャルル
「…………そうすることしか、出来ないんじゃないかって。」
シャルル
「みんな、アイツを怖がるし。拒絶したくもなるよ。」
アレクシア
我が事として、考えることは難しかった。
例えを引くための記憶はない。
シャルル
「信じて命預けるなんてさ。できなかったんだよ。」
シャルル
ずっとずっと、4人で遊んでいた。
飽きることもなく。
シャルル
突然入ってきて、突然あの衣装を作らされて。
アレクシア
「…………ごめんなさい」 ひとつ、小さく謝罪が落ちる。
アレクシア
「………………わたしの言ってることは、……酷いこと、なのかも」
シャルル
「小麦粉はパンにしないと食べられないし。」
シャルル
「果実の入った水を飲めないやつだっている。」
アレクシア
シャルルがそう言ってくれる。
それだけで、アレクシアは、恵まれている。とても。
シャルル
「お茶、いれてくる。けど……どっちがいい?」
シャルル
冷たい手で、頭を包み込むようにして触れ。
アレクシア
そう言えることも、また。恵まれたことなのだろう。
シャルル
今まさにその話を画面の向こうでされているわけだが。
シャルル
もともとどこの誰の持ち物であろうと、今はシャルルの物である。
アレクシア
むしろ。あのときよりこちら、マキナのもとになくて、良かったかもしれない。
シャルル
力を入れすぎないように缶の蓋を捻ると、少し古い茶葉の香りが鼻腔に届く。
シャルル
新しいものではない。
貴重品だという通り、大事に少しずつ使われてきたのだろう。
シャルル
軽く缶を揺らせば葉がさらりと音を立てた。
シャルル
お湯を注いで。時間は……まあ、色で見るしかないか。
アレクシア
まっすぐに美味しいかと言われれば、必ずしもそうではない気がする。
アレクシア
今までの、この館の、奇跡にもたらされたものよりは。
シャルル
それから、自分も隣に座って、カップを口元へ。
アレクシア
けれど。これが、話に聞く堕落の国に残っているということが。
ある意味では、また、奇跡のようなことなのだろう。
シャルル
これが、初めて口にする『奇跡』ではないもの。
アレクシア
触れることなく終わるかもしれない世界。
アレクシア
触れることなく、終わるのだろうと、思う。
アレクシア
ただ、今。くちびるに触れる紅茶の一杯が。
シャルル
「『今』がずっと、続くのが……いいなって思ってたのかもしれない。」
シャルル
「こうやって、2人でさ。お茶して。食事して。話して。」
シャルル
「そうやって、此処にいれるだけでいいなって。」
シャルル
「……まあ、それはでも。何がどうあっても、ここで終わる。」
シャルル
「ここで過ごした過去も、終わるかもしれない今も、あるかもしれない未来も。」
シャルル
「全部、アンタと一緒に。愛することができたらいいなって。」
アレクシア
「わたしたちのページはここで終わるかもしれないし、……もしかしたら、そうじゃないかもしれない」
アレクシア
「わたし、きっと、シャルルがいてくれて、……だから、救われてて」
アレクシア
「だから、ここで、終わってしまっても……きっと、大丈夫だし」
アレクシア
「難しくても……一緒にいるために、頑張れる」
アレクシア
一緒にいる。この部屋で、もう何度、そう確かめあっただろう。
アレクシア
『一緒に勝って、一緒に幸せになろう』。
アレクシア
画面の向こうで、チカが、彼のパートナーに言う。
アレクシア
……アレクシアたちは、もう、勝つことができない。
自分たちの手で、新たに掴み取ることは、できない。
アレクシア
でも今。今、ここで握りしめた互いの手を。
シャルル
「…………手足、交換するよ。何が起こるかわからないし。何かあった時に動けるのは、あっちだと思う。」
アレクシア
「……でも、……無理、しないで。そう、約束して」
シャルル
手足を交換するのには痛みが伴う。
意図せず人を蹴とばすレベルの痛み。
泣くほどの痛み。
シャルル
『コイン0枚の身に痛みは耐え難いでしょう』
シャルル
本当にそうか?いや、違う。
こんなの、こっちでつけられるようなもんじゃない。
シャルル
『シャルル』は耐えてきた。
なら……俺にだって、出来るはずだ。
シャルル
何より今は、痛みに耐えてでも。
まもりたいものがある。