Dead or AliCe
『16人の救世主』

お茶会-2ラウンド目 Room No.5

アレクシア
寒い。
アレクシア
夢うつつに、そう思った。
アレクシア
「………………」
アレクシア
「……、」 目を開く。
シャルル
扉に背を預けて。
シャルル
座っている。開けばわかるように。
シャルル
俯いて目を閉じ、半分眠るように。
アレクシア
「…………」 シャルル、と、呼びかけて。
アレクシア
しかし、閉じた瞼にくちびるを閉じる。
シャルル
「ん……」
シャルル
「アレクシア?」
シャルル
顔をあげて、ベッドの方を見る。
アレクシア
「あ……」
シャルル
小さな声でも、聞き逃さない。
そのための機械が耳についている。
アレクシア
「……起こした?」
シャルル
「大丈夫、起きてたから。」
シャルル
「おはよう。」
シャルル
立ち上がって背と腰を伸ばし。
アレクシア
こちらも起き上がったは良いものの、寒い。
アレクシア
部屋全体が冷えている。
シャルル
「今、なんか……お茶と。スープと。」
シャルル
「準備するよ。」
アレクシア
「……ありがとう」
アレクシア
ゆっくりとベッドを離れて、テーブルへ。モニターが目に入る位置。
アレクシア
この館にさんさんと日の照ることなどないとはいえ、それでも窓の外はまだ薄暗いようだ。
アレクシア
だというのに、画面には台所。トイトロールがいる。
アレクシア
そして、呼び出されるマキナ。
シャルル
昨日と同じように、お湯を沸かし。
スープを温め。パンを乗せて。
シャルル
ポケットの缶に一度触れるが、それには手を付けずに。
シャルル
あれとそれと。茶葉を混ぜて。紅茶をいれる。
シャルル
モニターからの声が聞こえる。
シャルル
「……お待たせ。」
シャルル
やがて、もろもろを準備して隣の席へと。
アレクシア
静かに微笑む。
アレクシア
「…………マキナさん、」 モニターを見て。
アレクシア
「……大丈夫かな」
アレクシア
『…昨日のこと、謝りたくて』。
アレクシア
昨日の、マキナの様子。
アレクシア
滂沱の涙。
シャルル
「…………さあ、どうだろうな。かえって。」
シャルル
「覚悟が決まったかも。」
シャルル
残していくもの、残されるもの。
捨てていくもの、捨てられるもの。
シャルル
勝てば、全部残していける。
捨てることもできる。
シャルル
画面を見ながら『ご馳走ちゃんと食べ損ねたな』と、なんとなく思っている。
アレクシア
「…………」
シャルル
パンをスープに浸して口に運び。
シャルル
「アレクシアは。」
シャルル
「どう思った?」
アレクシア
「……昨日の?」
シャルル
「そう。マキナと、ちゃんと話してたのはアンタだろ。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「『友達って言ってくれた子が死のうとするのを止めるような人間に、ちょっぴり憧れていたんです』」
アレクシア
平らかな声で。
アレクシア
「……マキナさんが何をしてきたのか、知らない」
アレクシア
「ああまで恨まれることを、……していたのは、きっと、そう」
アレクシア
それを庇うことはできないだろう。
アレクシア
「……でも、……傷つきたいんだって、……傷つくことのできる人間に憧れるって」
アレクシア
「……それは……」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………」 言葉を探している。
シャルル
「恨みってさ。」
シャルル
「結局、弱さだと思うんだ。」
アレクシア
「…………」
シャルル
「聞いてただろ『お前たちの家族も死ねばいい』とか、『幸せになりませんように』だとか。」
シャルル
「もちろん、されたことに対する恨みってのは。そういう悪意になっていくもんだろうけどさ。」
シャルル
「……そういった事を、言ってる時点で。」
シャルル
「手遅れっつーか……全部が全部。マキナのせいじゃ、ないんじゃないかって。」
アレクシア
「……誰かが悪いってことに、しておかないと」
アレクシア
「……耐えられない」 数日前に、そう言ったことを、繰り返す。
アレクシア
「……弱さ」 噛みしめるように。
シャルル
「ま……その弱者の悪意に押しつぶされれば、それまでって事だろうけど。」
シャルル
「……ほら。」
シャルル
画面を示す。
シャルル
「ひとりじゃないから。」
アレクシア
「…………」 また少し、黙り。それから、頷く。
アレクシア
「……うん」
アレクシア
「わたし、マキナさんに」
アレクシア
「『傷が残っても大丈夫です』って、言ったの」
アレクシア
「……マキナさんは、それで、大丈夫だと……思ったから」
シャルル
「……そっか。」
アレクシア
「……きっと、大丈夫」
アレクシア
「そう、信じる」
シャルル
「……うん。そうするといい。」
シャルル
「信じることは自由だ。」
シャルル
相手が裏切るのも自由だ。
アレクシア
「……そうね」
シャルル
裏切りを恨むのも。
シャルル
嘆くのも。
シャルル
「…………紅茶。」
シャルル
「もらったやつ、裁判前に……いれるか。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「そうだね」
シャルル
「マキナからもらったプレゼントだ。それが、どうやって手に入れられたかわからなくても。」
シャルル
「あの時、プレゼントを開けたときさ。」
シャルル
「どんな理由で、贈られた物でも。」
シャルル
「『貰ってもらえて良かった』っていうのは、たぶん……嘘じゃないから。」
アレクシア
「ん」
アレクシア
「……そうだね」
アレクシア
モニターの向こうに、朝食をとる二人。
アレクシア
二人だ。一人じゃない。
アレクシア
しかし……やがて、少し時は過ぎて。
アレクシア
遊戯室へと画面が移っていく。
シャルル
空になった食器を片付けて。ブランケットを手に戻る。
シャルル
アレクシアの肩にそれをかけ。
シャルル
「…………。」
シャルル
視線はモニターへ。
アレクシア
取引でも、懐柔でもなく。懇願。
シャルル
「寒くない?」
アレクシア
「……大丈夫。シャルルこそ、平気?」
シャルル
「ん。これ結構あったかいから。」
シャルル
手足は寒くないし、接合部は逆にちょっとあったかい。
アレクシア
「……なら、いいんだけど」
アレクシア
画面上。ティモフェイの頭上に降りしきる雪。
アレクシア
そして、彼の『懇願』。
シャルル
「アイツ…………赤の他人じゃないやつでも、できたかね。」
アレクシア
「どうしてだろうね……」
シャルル
「まあ……もともと。」
シャルル
「ああいう奴なのかもしれないし。」
シャルル
「…………さて。でも、あー……」
シャルル
「あれはダメだろ。」
アレクシア
否定の余地もない。
アレクシア
「……彼」
アレクシア
「トイトロールを救うって、……」
アレクシア
「でも、本当にどうして良いかは、わかってなかったように思えて……」
アレクシア
「…………あれも」
シャルル
「まあ、トイトロールもそうだけどさ。」
シャルル
「自分の心もわかんない奴が。」
シャルル
「他人の心なんて、わかるもんかねと。」
シャルル
「俺は思ってるよ。」
アレクシア
「…………わたしは」
アレクシア
「自分の心のほうが、わからない、ような気がして」
アレクシア
「誰かの心を思うことはできる」
アレクシア
「……語りかければ返ってくるものがある」
アレクシア
「自分は、たぶん、そうじゃない」
シャルル
「アレクシアは……」
シャルル
「優しいからな。」
アレクシア
「…………」 少し、黙り。
アレクシア
「……自分が本当は何を望んでるのか」
アレクシア
「……私情……」
シャルル
「……順番がおかしいもんな。」
シャルル
「アレクシアは、でも。やさしいから。」
シャルル
「あの場に立ってたとしたら。」
シャルル
「……考えただろ。ちゃんと。聞き入れるか、どうか。」
アレクシア
「…………わからない」
アレクシア
「わたしは、……結局、わたしの望みしか選べない」
シャルル
「そうか?……そうか。」
アレクシア
「……たくさんの人の幸せが叶うのは、良いことよ」
アレクシア
「間違いなく、そう」
アレクシア
「でも、わたしは……たぶん、」
アレクシア
「引き換えにしたいと望むものがあるなら」
アレクシア
「……それを選ぶ」
アレクシア
『だれか特別な人、自分を特別に扱ってくれる人がいる人は』
『それ以外を省みなくていいっていう免罪符を手にいれたみたいになる』
アレクシア
そうなのだろうか。そうかもしれない。罪は人の心が決める。
アレクシア
だがアレクシアは、たぶん。
シャルル
「……じゃ、俺はどうすると思う?」
アレクシア
シャルルを見る。
アレクシア
「………………」
アレクシア
「……シャルルは、……」 言いかけて、一度閉じ。
アレクシア
「……わたしを選んでしまいそうな気がする」
シャルル
「ご名答。」
アレクシア
「…………」
シャルル
「…………でも、アンタは。アレクシアは。」
シャルル
「…………。」
シャルル
ブランケットの上から抱きしめる。
シャルル
「もっと、自覚してくれてもいいんだけどな……俺が、本気だってこと。」
アレクシア
「…………わかってる」
アレクシア
「……シャルルは選んでいい。何を選んでも、いい」
アレクシア
抱きしめる腕に、触れて。
アレクシア
……アレクシアも、きっと、シャルルを選ぶだろう。
アレクシア
わかっている。
シャルル
「…………。」
シャルル
「…………うん。アンタを、選ぶよ。何より。」
アレクシア
かすかに微笑って。
アレクシア
「……そうじゃなくたって、……いいんだからね」
シャルル
『…………誰が死んでもいい。あいつらでも、俺でも。他の部屋の連中でも。』
シャルル
そうじゃ、ないだろ。
シャルル
『でも、アンタだけは嫌だ。』
シャルル
そうじゃない。違う。
シャルル
「…………一緒にいなきゃ、意味がないだろ。」
シャルル
「俺は……アンタと、最後まで。一緒にいることを。」
シャルル
「……いられることを。心から、願うよ。」
アレクシア
目を閉じて、額を寄せる。
アレクシア
「……ありがとう」
アレクシア
それが罪だとして。免じられることなどきっとない。
ただそれでも、背負うだけ。
アレクシア
負いきれぬ責任だとしても、逃げはしない。
シャルル
そうして、場面は切り替わり。
シャルル
薄暗い空間、地下室。
シャルル
首筋に、暫し顔をうずめて。あげて。
シャルル
「…………お茶会も、終盤だな。」
シャルル
耳元へ。
アレクシア
「……うん」 かすかに頷く。
シャルル
離れて、視線をモニターへ。
シャルル
「あの、チカってやつ。」
シャルル
「あそこでしか話したことないけど、やっぱ肝が据わってるな。」
アレクシア
呼び出されるトイと、会話が始まっていくのを見る。
シャルル
「経験って奴かね。」
シャルル
「…………まあ、そう考えるとやっぱり。」
シャルル
「今回の『お茶会』は圧倒的に、トイトロールたちが不利だろうな……」
シャルル
おそらく人と会話するという経験の差が圧倒的に違う。 [編集済]
アレクシア
「……6号室は」
アレクシア
「……やっぱり、少し……どこか、違和感、ある、よね」
アレクシア
先日よりは噛み合っているように、見える。けれど。 [編集済]
シャルル
「俺とアレクシアの持ってる知識なんかが違うように、アイツらもそうなんだろうけど。」
シャルル
「それを差し引いても……なんつーか。」
シャルル
『この世界では出身に御伽噺を持つ者が力を持ちやすいようで』と、
桟敷川が言っていたのを思い出す。
シャルル
「御伽噺……」
シャルル
「それこそ、御伽噺の人間みたいに。どこか……」
アレクシア
「……うん」
シャルル
「…………そうだな。結末が、決まってるんだきっと。」
シャルル
「アイツらの、中では。」 [編集済]
アレクシア
「…………」 そう、なのかもしれない。
アレクシア
「……『救済』がなされたら、……そこで、望みは、終わり……」
シャルル
「過去は、既に記された物語は書き換えられない。」
アレクシア
「……あの人たちは」
アレクシア
「その物語を、とても、大切にしてる……」
シャルル
「……そりゃ……嚙み合わねーよな。」
シャルル
「今を大切にする奴らとは。」
アレクシア
「マキナさんたちは、今と、これから先を……続いていくものを、願ってる」
アレクシア
「……救われる。仮にこの世界が救われて、……それで」
アレクシア
「でも、そこから先が、……やっぱり、あって」
アレクシア
「…………そこに救いがあり続けることは、たぶん、……難しい」
シャルル
「ページは永遠に続かないよ。」
シャルル
「本が閉じたら、そこから先は別の物語だ。」
シャルル
きみが目を醒ましてから100年の月日が流れました。
シャルル
ぶっちゃけ、この国はもう駄目です。
シャルル
ここに手紙はないけれど。
シャルルの記憶にそれはないけれど。
シャルル
「救いが残ろうが、消えようが。」
シャルル
「前の物語の奴らに、関係なんかないのさ。」
アレクシア
「…………」 しばらく。考え込むような時間があり。
アレクシア
「…………」
シャルル
「『焼けた靴を履かされた女王』『真実の鏡』、あれだってそうだ。」 [編集済]
アレクシア
「……同じ物語を」
アレクシア
「わたしが読んで、シャルルが読んで……」
アレクシア
「思うことは、違う」
シャルル
「その通り。」
シャルル
「女王が『下らん童話』と言い捨てたように。」
シャルル
「『姫と王子様は幸せに暮らしました』って結末を、ハッピーエンドだと思うやつもいれば。」
シャルル
「女王の悲願が遂げられなかったことを、悲しむやつもいる。」
アレクシア
「うん。……それが同じじゃなきゃいけないってことは、ないよ」
シャルル
「今のアイツらはきっと『姫と王子様』になろうとしてる。それは、そこで終わる物語だから……」
アレクシア
そっと目を伏せて。
アレクシア
「……6号室の二人は、同じ物語を……過去を、読んで」
アレクシア
「読みながら……でも、違うものを見てる」
アレクシア
「だから、……同じ『幸せ』が……見えていないように、見える」
シャルル
「……お姫様が結婚したいのは、別の相手か。」
シャルル
「ま、王子が。」
シャルル
「あの調子じゃなぁ。」
シャルル
モニターを見る。
アレクシア
『……救われるべき、あなたの世界の中に……あなた自身は、いないの?』
アレクシア
『いない』
アレクシア
その、噛み合わなさ。
アレクシア
「…………トイトロールの望みは、」
アレクシア
「……ほんとうの、彼の望みなのかな」
アレクシア
『代弁』。
アレクシア
「……自分の心のこと……」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「ただ、好きな色を聞かれて、……それで、迷っていたのに」
アレクシア
「それで、本当に……」
シャルル
「俺は……」
シャルル
「『望み』っていうのは、みんながそういうから、そう言ってるだけで。」
シャルル
「別に、望みじゃないと思うし、それでいいと思うんだよな。」
シャルル
「アイツ、自分で『共感されたためしがない』って言ってたけどさ。」
シャルル
「…………わかるんだよな。なんか……どうしようもない事だって。」
シャルル
「俺が勝手にそう思ってるだけかもしれないけど、さ。」
シャルル
「…………そうすることしか、出来ないんじゃないかって。」
シャルル
だから……。
シャルル
画面の向こうで、泣く姿を見て。
シャルル
「怖いんだよ。」
シャルル
「みんな、アイツを怖がるし。拒絶したくもなるよ。」
シャルル
「理解できないものって、怖いだろ。」
シャルル
その光景に、胸を痛めることはない。
アレクシア
「理解できない、もの……」
アレクシア
「……拒絶」
アレクシア
ひとつ、ひとつ。
アレクシア
胸の中で、噛み砕く。
アレクシア
我が事として、考えることは難しかった。
例えを引くための記憶はない。
シャルル
「信じて命預けるなんてさ。できなかったんだよ。」
シャルル
ずっとずっと、4人で遊んでいた。
飽きることもなく。
シャルル
突然入ってきて、突然あの衣装を作らされて。
シャルル
「…………俺は。」
シャルル
「理解されたいって、思ったから。」
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………ごめんなさい」 ひとつ、小さく謝罪が落ちる。
アレクシア
「………………わたしの言ってることは、……酷いこと、なのかも」
シャルル
「そんなことない。」
シャルル
「小麦粉はパンにしないと食べられないし。」
シャルル
「果実の入った水を飲めないやつだっている。」
シャルル
「それだけの事なんだ。」
シャルル
「……アレクシア。」
アレクシア
「…………うん」
シャルル
「一緒にいてくれて、ありがとう。」
アレクシア
目を閉じる。
アレクシア
シャルルがそう言ってくれる。
それだけで、アレクシアは、恵まれている。とても。
シャルル
「お茶、いれてくる。けど……どっちがいい?」
アレクシア
「……今はまだ、……」
アレクシア
「……まだ、もう少しだけ……」
シャルル
「…………ああ。」
シャルル
冷たい手で、頭を包み込むようにして触れ。
シャルル
「ここにいるよ。」
アレクシア
「……だいすきよ」
アレクシア
そう言えることも、また。恵まれたことなのだろう。
シャルル
「俺も、大好きだよ。」
シャルル
シャルル
そうして、暫く。
シャルル
ふたりはそこにいて
シャルル
「…………。」
シャルル
「あー……えーっと……。」
シャルル
近くにいて。
シャルル
「…………。」
アレクシア
「…………、」
アレクシア
「…………ごめんね」
シャルル
「…………お茶、いれて、くる。」
アレクシア
「……うん」
シャルル
「…………もう一回、キスしてもいい?」
アレクシア
「…………どうぞ」
アレクシア
言って、目を閉じる。
シャルル
嬉しそうに、軽く口付けて。
シャルル
「じゃ、あけるか。缶。」
シャルル
今まさにその話を画面の向こうでされているわけだが。
アレクシア
「うん」
アレクシア
マキナの過去からやってきたもの。
シャルル
もともとどこの誰の持ち物であろうと、今はシャルルの物である。
アレクシア
むしろ。あのときよりこちら、マキナのもとになくて、良かったかもしれない。
シャルル
いつも通りに湯を沸かして。
シャルル
ポットとカップを温めて。
シャルル
力を入れすぎないように缶の蓋を捻ると、少し古い茶葉の香りが鼻腔に届く。
シャルル
新しいものではない。
貴重品だという通り、大事に少しずつ使われてきたのだろう。
シャルル
軽く缶を揺らせば葉がさらりと音を立てた。
シャルル
細かい葉をティースプーンで2匙。
シャルル
お湯を注いで。時間は……まあ、色で見るしかないか。
シャルル
しっかりと密閉した缶はポケットへ。
シャルル
暫くしてテーブルへと戻り。
シャルル
「……お待たせ。」
アレクシア
「ううん。ありがとう」
シャルル
カップに紅茶を注いで、差し出す。
アレクシア
少し淡い香り。
アレクシア
受け取って、ゆっくりと、一口。
アレクシア
まっすぐに美味しいかと言われれば、必ずしもそうではない気がする。
アレクシア
今までの、この館の、奇跡にもたらされたものよりは。
シャルル
お茶菓子を、運んで。
シャルル
それから、自分も隣に座って、カップを口元へ。
アレクシア
けれど。これが、話に聞く堕落の国に残っているということが。
ある意味では、また、奇跡のようなことなのだろう。
シャルル
「…………へぇ。」
シャルル
これが、初めて口にする『奇跡』ではないもの。
シャルル
『花』と『紅茶』と『オルゴール』
シャルル
それが、シャルルの知る屋敷の外の全て。
アレクシア
外の世界のことを、思う。
アレクシア
触れたことのない世界。
アレクシア
触れることなく終わるかもしれない世界。
アレクシア
触れることなく、終わるのだろうと、思う。
アレクシア
ただ、今。くちびるに触れる紅茶の一杯が。
アレクシア
かすかに、その欠片を宿している。
アレクシア
隣にいる、シャルルを見る。
シャルル
「…………アレクシア、俺は。」
シャルル
「『今』がずっと、続くのが……いいなって思ってたのかもしれない。」
シャルル
「こうやって、2人でさ。お茶して。食事して。話して。」
シャルル
「そうやって、此処にいれるだけでいいなって。」
シャルル
「……まあ、それはでも。何がどうあっても、ここで終わる。」
アレクシア
頷く。
シャルル
「……俺は。だから。」
シャルル
「ここで過ごした過去も、終わるかもしれない今も、あるかもしれない未来も。」
シャルル
「全部、アンタと一緒に。愛することができたらいいなって。」
シャルル
「思うよ。」
アレクシア
「…………うん」
アレクシア
「……うん……」
アレクシア
微笑う。
アレクシア
「わたしたちのページはここで終わるかもしれないし、……もしかしたら、そうじゃないかもしれない」
アレクシア
「わたし、きっと、シャルルがいてくれて、……だから、救われてて」
アレクシア
「だから、ここで、終わってしまっても……きっと、大丈夫だし」
アレクシア
「もし、……もしも先があるなら」
アレクシア
「難しくても……一緒にいるために、頑張れる」
シャルル
「うん……頑張ろう。」
シャルル
「一緒に。」
アレクシア
一緒にいる。この部屋で、もう何度、そう確かめあっただろう。
アレクシア
ずっと一緒だ。始まりから終わりまで。
アレクシア
何度でもそう、確かめあって。
アレクシア
『一緒に勝って、一緒に幸せになろう』。
アレクシア
画面の向こうで、チカが、彼のパートナーに言う。
アレクシア
……アレクシアたちは、もう、勝つことができない。
自分たちの手で、新たに掴み取ることは、できない。
アレクシア
でも今。今、ここで握りしめた互いの手を。
アレクシア
ただ、失いたくない。
シャルル
「…………手足、交換するよ。何が起こるかわからないし。何かあった時に動けるのは、あっちだと思う。」
アレクシア
「………………」
アレクシア
「手伝う」
シャルル
「ありがとう。お願いするよ。」
アレクシア
「……でも、……無理、しないで。そう、約束して」
アレクシア
「お願い」
シャルル
「うん……約束する。」
アレクシア
「……わたしだけじゃ、だめよ」
アレクシア
「シャルルも」
アレクシア
「……一緒よ」
シャルル
「もちろん。」
シャルル
「最後までって、約束したろ?」
アレクシア
「……うん。……信じてるから」
シャルル
微笑む。
シャルル
手足を交換するのには痛みが伴う。
意図せず人を蹴とばすレベルの痛み。
泣くほどの痛み。
シャルル
『コイン0枚の身に痛みは耐え難いでしょう』
シャルル
本当にそうか?いや、違う。
こんなの、こっちでつけられるようなもんじゃない。
シャルル
『シャルル』は耐えてきた。
なら……俺にだって、出来るはずだ。
シャルル
何より今は、痛みに耐えてでも。
まもりたいものがある。